最後かもしれない「何もわからない不安」

私のnoteを読んでいる方々の中に、今年、学校の籍が無くなり社会に出ていく人はどの程度いるだろうか。

また、その中に就職する人はどの程度いるだろうか。

さらに、私のように、就職前の長期インターンを経験せずに入社日を迎えた人はどの程度いるだろうか。

たぶん、ここまでくるとわずかだと思う。

そして、私のように、スタートしたけど未だに31日の夜と同じような不安を感じ続けている人は極わずかだと思う。というより、そんな人は地球上で私1人だけかもしれない。

でも、誰に需要があるか分からない今朝思った戯言を、ここに残そうと思う。

4月1日。

エイプリルフールだとワチャワチャしていた去年までとは違って、今年はあんまり落ち着いていない。

学生に戻りたいという気持ちは微塵もないが、とても大きな不安が頭を支配する。

小学校から中学校。
中学校から高校。
高校から大学。

変わる世界への入口に足を踏み入れる直前はいつも、とても大きなストレスに包まれる。

それは、大学から社会に入っていく今もそうだ。

アルバイト先を変えた時にも、もちろん感じた。変化の時には、誰であろうとそれなりの不安とストレスがついてくる

だが、階が完全に切り変わる時には、それの比ではないほど大きく膨らんだものが空を覆う。

先が分からず、あらゆることを予測し、過剰に増えた選択肢からネガティブが浮き立っていくこの状況、私一人そう思ってるのではないかと推測してしまいもっと孤独に不安になる。

特に、ストレスを感じやすい傾向にある私は、分かっていてもこのようになる。

1つの刺激に逐一ビビり、生きた心地はほとんどしない。

時が経ち、入口に1歩足を踏み入れれば、ジェット風船のように、こんなストレスもすぐにどこかへ消えていくことは分かっている。

世の中、よっぽどの事がない限り、何とかなることも分かっている。

だが、分かっているからと言って消えるものでは無い。それは、発表前に緊張するのと一緒だ。

そう考えれば、無理やり不安を取り除こうとするのは無駄かもしれない。どれだけ取り除こうとも不安は離れていかないのだから。


ただ、こんなストレスや不安はもう感じられないのかもしれない。


新卒なんて1回きりのことである。これはどの大人もみんな言う。そして、私も来年にはそう言うだろう。

会社が移ることはあれど、社会人1年目になるというターニングポイントなんてもう無い。

だから、もうこんな変な不安やストレスを感じることもないだろう。例え、仕事の中での不安やストレスはあれど、こんな特殊なものはもう無い。

これが最後ならば、たぶん乗り越えた先は意外と楽勝なのかもしれない。だって、泣くこともできず発散も上手くできないこんな不安やストレスなんて、もう一切ないのだから。

ここから階が切り替わる時はたぶん死ぬ時だ。階が切り替わる時はきっとまだ訪れる。でも、こんな不安やストレスを感じることはないのかもしれない。だって、次に訪れる時には、ストレスよりも悲しみや欲望が勝つだろうから。

そう思うと、少し貴重なことを感じられてるのかもしれない。

最後の貴重な体験だと考えられたら、少しはポジティブに捉えられる。

いまこのポジティブな気持ちが少しでも湧いたなら、もう寝て明日までスキップしよう。

この夜を越えて朝になれば、きっと何とかなるから。




私は何を書いてるんだろうか。




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