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日本語が読めることのありがたさ。

2023年に読んだ本の一冊にアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの『人間の大地』がある。260ページ程の新潮文庫なのだけど、堀口大學の日本語訳がフランス語に忠実すぎるのか、翻訳時の日本語が今ではあまり使わない表現が入っているのか、なかなか読み進められなかった。それでも最後まで読めたのは、宮崎駿がカバー装画とともにあとがきを書いていて、そのアニメの巨匠が書く文章に先に引き込まれてしまったからだ。

あとがき『空のいけにえ』は、「人類のやることは凶暴すぎる。」と、頬に平手打ちを食らうような一文で始まる。そして、大空へ飛び立とうとした人類の夢、挫折、狂気についてまくしたてるように文章が続き、危険を顧みず人類が空を安全に移動できる世界に貢献した勇敢な飛行士たちに敬意を表しながら、自分は「冒険活劇を作るために四苦八苦して悪人を作り、それを倒してカタルシスを得なくてはならないとしたら最低の職業」に就いていると、自身を振り返る。

20世紀初頭の飛行士とアニメ作家という一見なんの接点もないように見えるが、宮崎氏は当時のパイロットが全神経を集めて空の風景から安全な航路を見出そうとしていた視点を見抜いている。それが宮崎氏のアニメ作品の風景描写にも活かされているのは言うまでもない。ああ、ここに『紅の豚』で主人公にかかっている魔法を解く鍵があるのでは、あのエンドクレジットで使われていたセピア色の写真は、ここに登場する勇敢なパイロットたちの笑顔だったのかもと、宮崎氏の言葉に押されながら、サンテックスの言葉を拾うように読んでいった。

サンテグジュペリが飛行士で文筆家でなかったら、私達も数々のジブリ作品の恩恵を受けることもなかったし、さらに現代においてなぜ私達が長距離旅行の一般的な交通手段として飛行機を使えるようになったのかを知るよしもなかった。

フランス語の原書なら絶対に味わえない読書体験を、日本語が読めるからこそ味わえた。新潮文庫の編集者にも感謝したい。



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