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老人と旅人

往年の旅人は僕に言った
"まだ君はとても若い、先は長い"
腰を下ろした白髪が風に揺れた

疾うに旅を終わらせた彼は今、海を見る
駆け、巡り、渡った遠い空を、地を思う
重たい荷物を背負いこんだ僕の肩を叩く

そしてまた、低く掠れた声で強く語った
"歳上を敬え、しかし決して圧されるな"
"老人に敬服し己を見損ねてはいけない"
"立ち止まり、後ろを振り向き己を確かめよ"
灰色の差し込む瞳は瘡蓋と傷跡に満ちていた
何を見て、聞き、話してきたか
彼はそれを教えてはくれなかった
瞳で伝え、背中で示した

若い自分を恥じた時、彼の教えが耳を打つ
後ろを振り返り、歩んできた道を見る
短く、頼りない細い道だ
けれど、誰にも作れなかった道だ
自分だけが作り上げた人生だ
大切なのは、それを自覚できるかどうか
時間などに意味はなく自覚こそに価値がある

鞄に詰め込んだ荷物を抱え立ち上がった
老いた旅人はその背に手を当てそっと押した
彼はもう、何も語らなかった
その手の温もりに確信が宿った
いつか旅を終える時、その終点はきっと

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