見出し画像

怪談/同級生

 悪魔のOさんは、中学に通っていた。
 義務教育に目覚めたわけではない。

 不安定な年頃の若者の中に混ざり、人間関係をこじらせ、心の弱った魂を増やす。
 それが変身能力に優れるOさんの役目だった。

 しかし、状況は芳しくない。
 悪魔なので当然だがOさんは陰キャだ。元気はつらつな若者達は眩しく、自分に見向きもしない。

 孤立したOさんは、教室の隅でノートに絵を描くばかりの日々を過ごした。
 日本人が作るアイドルゲームを嗜んでいたOさんは、美少女の模写が得意だった。

 その行為が、さらにOさんを孤立させた。
 クラスの陽キャグループにたまたま絵を見られたOさんは、笑われ、不気味がられ、陰口を叩かれるようになった。
 悪魔なので孤立には慣れているが、これでは人間達の魂を弱められない。

 心労に苦しみながらも、絵を描くことを止められないOさんの隣を、一人のクラスメイトが通り過ぎた。
 浅黒い肌に類まれな美貌が他クラスの生徒にも人気な、ギャルのMさんだ。
 そんなMさんが、Oさんのイラストに気づいた。
 しかも、じっと無表情で見下ろしている。

 どうすればいいのか。
 Oさんが話しかけていい人間ではない。いや、話すまでもなくきっと笑われる。
 逡巡していると、Mさんが言った。

「これってキミが描いたの?」

「は、はい……」

「ふーん……」

 いいから早く行ってくれ。自分に構わないでくれ。
 Oさんが恐る恐るMさんの顔を見上げると。

 目を輝かせているMさんの笑顔があった。

「このゲーム知ってるよ! キャラがチョー可愛いんだよね~!」

 唖然とした。
 MさんはOさんの絵を笑いものにするわけではなく、感激の笑顔を浮かべているのだ。

「この子とか特によく描けてるっ。わざとカッコよさ強めにしたっしょ、解釈一致~。この子の天然っぽいけどプロ意識あるとこ最高だよね……」

 Oさんが推しに込めた表現に感心したMさんは、それどころかほんのり瞼の端に涙を浮かべていた。

 それ以来、Mさんは休み時間の度にOさんの席へ遊びに来るようになった。
 陽キャは訝しんだが、Mさんはそんなことは一切気にしなかった。
 ゲームの話、アニメの話、漫画の話。
 Oさんははじめて、人間との会話というものを楽しんだ。
 毎晩寝るまでLINEをし、一緒に初詣や同人イベントにも参加した。

 これが、人間の青春なのか。
 Oさんは使命を忘れて、Mさんとの生活を楽しんだ。
 笑い合うことも、泣くこともたくさんあった。
 嫉妬もしたし、心配もした。

 そうしてしばらく経ったある日、Mさんが突然教室にこなくなった。
 LINEをしても返事が来ない。既読すらつかない。

 それから1ヵ月後、悶々としていたOさんが学校に来ると、深刻そうな顔の教師が教室に入ってきた。
 教師の第一声を、Oさんは信じられなかった。

「昨日、Mさんがお亡くなりになりました」

 教室がどよめいた。
 あのMさんがなんで。どうして。

 教師によるとMさんは内臓に先天的な疾患を持っていたらしい。
 その疾患はこの数年間落ち着いていたようだが、最近になって劇症化した。

 臓器はみるみる内に悪化し、Mさんは即入院となったらしい。
 家族にもあまりに突然のことで、対応が大変だったそうだ。
 最後の1週間にはほとんど意識がない状態が続いたそうだが、そのわずかな間にMさんは手紙を書いた。

 Oさんへの、手紙を。

 それを教員が預かっており、その日の終わりにOさんは受け取った。

 そこにはMさんからOさんへの、感謝の言葉が延々と連ねられていた。
 そして、かつての彼女の悩みも。

 病気を気にして孤立してしまったこと。

 どうせなら人が寄り付かなさそうなギャルを装ったこと。

 体を気にして外出を控え、ゲームばかりしていたが共通の趣味を持つ友人がいなかったこと。

 そんなMさんに、Oさんは親しく接してくれた。

 そのことがどれだけ、Mさんの魂を救ってくれたか。

 よれよれの字で、必死に書いたのだろう。
 後のほうになってくると、読み解くのがかなり難しくなってきた。

 そして最後に見た薄く儚い文字に、Oさんはどうしていいかわからなくなった。

『イラスト見せてくれてありがとう 突然いなくなってごめんなさい キミのこと大好きでした』

 Oさんは魂を穢すどころか、Mさんを天国に送ってしまったようだ。

 その日枯れるまで涙を流したOさんは、Mさんに最後まで自分の正体を伝えられなかったことを後悔した。
 そして二度と中学生の姿を取らず、何が起きたのかも他の悪魔に語らなかった。

 ただその後のOさんはどこへ行くにも、ノートと手紙を手放さなかったという。




過去の魔怪談作品は↓から

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?