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消えた口内炎 後編


1、孤独な遺伝子


 高校時代、教室で話すぐらいの子はいたけれど、放課後に遊んでくれる子いなかった。

 もちろん、彼氏なんているはずもない。

 大学に入ってからも変わらず、気づけば1年生が終わっていた。

 私は、孤独な遺伝子を受け継いでいるのだろう。祖母も母も孤独な青春を過ごしたそうだ。

 2年生になってゼミを受講したら、そこで里乃と知り合った。

 鏡を見つめて、メイクをチェックする。里乃の手前、手抜きメイクで行かなければ。バッチリして、レストランに行けば誤解されそうだ。

 洋服もなるべく目立たないようにする。黒のワンピースに白のカーディガンを羽織った。

 メイクが終わると、上唇をめくって鏡で口内炎をチェックする。あの薬はインチキだろうか? あれから毎食後2錠ずつ飲んでいるの少しも効かない。

 3日前、里乃は母の占いに目を輝かせていた。でも、本気しないで欲しい、大して当たらないのだから。


2、レストラン

 日差しの柔らかな季節は、黄昏が似合う気がする。私たちが席につく頃には、街は夕焼けに染まろうとしていた。

 青山さんの働くレストランに里乃と二人でやってきた。

 窓際の席にいたカップルが帰って、席が空くと、青山さんがテーブルにある皿やフォークを片付けていく。

 私はその姿をぼんやり見つめる。食べ終えた食器をトレイに乗せて去ってゆく、そんな所作でも青山さんならオシャレに見えるのはなぜだろう。

 立ち去るとき、私たちに会釈をしたので、里乃は満面の笑みで返していた。

 このレストランは素敵だ。見慣れた街の光景も、ここ居れば、パリいるような気分になる。

 窓を染める夕日を見ながら舌先が口内炎に触れる。痛みを感じて腹立たしくなった。無意識のうちに触れてしまっている。

 視線を戻すと里乃が私を見めていた。

 いつも以上にばっちりメイクだ。1時間ぐらいかけたのだろうか。

 結婚式にでも行くような薄ピンクのドレスには。ガーベラの刺繍が施されていて、巻き髪にしている。

「あたしね。今日これもってきたんだ」

 里乃の手には手紙があった。

「直筆なの、心が籠るっていうからさぁ」

 先日、母の言葉を思い出す。あの占いのとき、やるべきことをしなさいと言っていた。この子なりに考えて、直筆の手紙を書いたのだろうか。

「上手く渡せるようにフォロしてね」

 里乃はすがるような目をしていた。私は微笑みながらうなづいた。

3、イチゴ

「お待たせしました」

 ウエイターが前菜のカルパッチョを置いて行った。青山さんは、窓際の席に戻ってテーブルを拭いている。

「違う人だね」

 前菜を持って来た人が青山さんではなかったので、里乃はがっかりしたようだ。

 「でも、メインディッシュは青山さんが持ってくるよ、きっと」

 私が励ますと、里乃は微笑んだ。

 カルパッチョのトマトをフォークで刺して、口に運ぶ。

 次の瞬間、私は叫んだ。

「痛い」

 店内の客や従業員たちの視線が一斉に私に注がれた気がした。

 里乃が驚いた顔をしている。

「口内炎に染みた」

 私の言葉を聞いて、里乃は”大丈夫”と言っていたが、目を見ると、それがどうしたと言っているようだった。

 青山さんは、窓際の席を離れて厨房に入いって行く。

 口内炎の患部がない方向からカルパッチョを口に運ぶ。よりによってメインデッシュはビーフシチューだ。

 さっきオーダーを取りに来た青山さんが、おすすめはビーフシチューなんて言うものだから、里乃は喜んで注文した。なので私も合わせてしまった。

 どうにか、カルパッチョを食べ終え、ウエイターがお皿を下げて行く。

 ビーフシチューは食べられるだろうか、ハンカチで口元を抑えながらそんな心配をしていると、人の気配を感じて、振り向いた。

 私も里乃も驚愕した。

 青山さんが、イチゴの乗ったお皿を持って立っていたからだ。

 里乃の目が輝いた。

 もしかして、あの占いは当たっているのか。

「こちらのイチゴは、サービスです」

 青山さんは、イチゴの皿をテーブルに置く。

 でも、私の前にイチゴが来る。

「口内炎に効くそうですよ」

 私の耳もとに、青山さんの唇が近づく。

「今度、二人きりで会おうね」

 何が起きたのか分からなかった。青山さんは、言い残して去ってゆく。

 里乃は、キョトンとした目をしている。

 私は言葉が出ない。

 里乃の視線が次第にきつくなる。キョトンとしていた目が、殺気のある目に変わる。

 私はそれに耐えきれず、視線を落とす。

 お皿に乗ったイチゴと目が合う。

 母の占いは、やっぱりポンコツだ。

4、消えた痛み

 秋風が庭木を揺らす音が聞こえる。2階にある私の部屋にも、その音は届いていた。

 私は鏡を見ながらメイクを確認する。

 こんな感じだろうか、メイクは手抜きではないけど、ナチュラルにしておいた。

 洋服も地味にしておく。というよりも、そんな服ばかり持ってるけど。

 でも、きっとこの方が、あの人は好きなんだ。

 どんなに張り切ってオシャレしても相手の好みとは限らない。

 あの後、ビーフシチューもデザートも食べた気がしなかった。

 まさか、デートを申し込まれるなんて。

 私は利用されていた占いのために、仲を取り持つために。

 友達よりも欲しいものがあるのに、それに手を伸ばせない自分に苛立っていた。

 私には孤独な遺伝子ある。だから、友達を作るなんて無理なんだ。

 舌先で、上唇の裏をなぞる。もう、腹立たしい痛みは消えている。

 家を出て、待ち合わせ場所の駅に向かう。

 今日のデートは、映画だ。

 もしカフェに寄ったら、イチゴのパフェか、ショートケーキを注文しよう。食べて恩返しよう。あの痛みを消してくれたのは、イチゴなのだから。

 もしかして、孤独な遺伝子は役目を終えたのかもしれない。

 秋風に包まれて商店街を歩く。あのとき友人と歩いた通りを一人で歩く。

 一人でも構わない、商店街を抜けて駅に着けば、あの人が待っているから。

 終わり





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