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裁判の傍聴に行ってきた話(3)

駿府城公園でおにぎりをパクつき、簡単な昼食を済ませ午後の裁判を待つ間に午前の裁判で気になった裁判官のことを少しググってみた。

谷田部峻裁判官 高校生の時に体育の授業で脊髄損傷で四肢麻痺、車椅子生活となる。高校生までは野球に取り組み中央大学法学部に進学し司法試験に合格、裁判官となり東京、神戸、岡山、静岡に赴任。最近だと露天風呂盗撮グループのリーダーに実刑判決を下している。
そういえば、テレビで見た事がある顔だった。印象に残る顔、そのイケメン裁判官だ。今日の1件目の裁判で自閉症の堕被告人の男性にかけた言葉遣いがとても印象に残った。

裁かれる者にも、裁く者にもそれぞれに歴史があるのかなどと考えながら裁判所に戻ると、入り口付近のロビーでは午前中とは違い、会話が行き交い少しだけ活気があった。
昼食におにぎりを食べ、血糖値が爆上がりする血糖値スパイクが起きることを見越し、カフェイン入りのコーヒーを飲んで眠気対策をする事にした。しかし、自販機の前も少しばかり行列だ。大量の飲み物を買っているのは職員だろうか?ふと、後ろの僕に気がついたその職員は言った。
「まだまだたくさん買うので、お先にどうぞ。」
「あっ、ありがとう。」
僕はそう言ってコーヒーを買い、すぐに一気に飲み干した。そのままトイレに行き用を足し、2階への階段を昇った。
2階の204、205法廷ではどちらとも13時10分から裁判が行われる。どちらを選んだものか?204法廷では13時10分から始まり13時30分で一区切り、13時30分から17時00分まで長めの裁判が行われるらしい。205法廷では13時10分からいくつかの裁判が行われるが、204と違い長めのスケジュールを切った裁判が無いようだ。
204法廷に行ってみよう。傍聴人用のドアに向かい、もう既に慣れた風を装いながらノブに手をかけた。そこには、傍聴経験のない私にとって、初めての光景があった。午前中の半分以下の広さの法廷。規模大小はまあいい、それよりも。
ー無人
え?あれ?と思い腕時計を見ると13時08分。裁判の開始予定は13時10分、弁護士は?検察官は?原告は?いや、裁判官も書記官もいないんですけど!?さっきまで1階のロビーにいた人たちはどこに行ったの?ニュータイプ同士の戦いの時のシャアよろしくプレッシャーを感じたのだ。僕は耐えきれずに一度法廷の外にでて掲示板を見直した。やはり13時10分からで間違いない、確認してもう一度法廷に入ると書記官らしい男性が入ってきたので、僕はわからないことは素直に聞く事にした。
「今から始まりますよね?ここで大丈夫ですか?」
「はい。」
書記官らしい男性は肯定とも半疑問とも取れるイントネーションで答えた。とにかく、ここで間違いないらしい。誰もいない傍聴人席でただ一人の僕はほぼ真ん中に陣取る事にした。すると書記官の後方から一人の男性が入ってきた。裁判官であろうその男性は傍聴席に座っている僕を一瞥すると書記官と目配せをし軽く首を傾げた。裁判官と書記官の二人が一瞬不思議な緊張感を醸し出した。なぜだろう?その答えはすぐにわかる事になった。
書記官と裁判官と僕の3人しかいない空間で声が響く。
「ご起立ください。」
反射的に立ち上がり一礼し着席をした。続けて裁判官が紙を見ながら話し始める。
「令和n年(X)n号 ○○の件・・・・」
3人しかいない空間に判決の言い渡しが響き渡る。未知の世界だった。判決文は法廷で聞く必要がないことに驚いた。文書なり弁護士からの電話なりで知る方が効率が良いのは当然だから理解しやすい。しかし、裁判所では制度として決まりがあるのだろう。今日も僕が傍聴に来なければ虚無の空間に判決文を読み上げていたのだろう。それが裁判所の『普通』なのだろうから、僕という異質な存在が居た事に首を傾げたのは当然のことだったのだ。
異質な存在がそこに居たからこそ、虚無ではなくなったのだ。このような文章に変換され電子を介し他人の目に触れることになった。僕はとてつもなく不思議な経験ができたと感動していると、判決文の読み上げは終了した。判決内容なんか全く頭に入ってこないままに、これも裁判なんだと少し頭のてっぺんがぼぉっとするような感覚だったがそれを声が遮った。
「ご起立ください。」
裁判の最後に書記官が言った。一礼しながらまたも思った。この起立も礼も普段は虚無なのだなと。裁判官と書記官が部屋を出たので僕も部屋を出る事にした。時間はきっちり13時15分だった。


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