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【掌編小説】のびるチーズの話

今日は家族で楽しいピザパーティー。
お父さんの食べたピザのチーズが、伸びる伸びる。
それを見て、お母さんと息子、大笑い。
息子と手を繋いで、伸びたチーズの下をくぐったりしたら、それはもう家が揺れるほどの笑いが起きた。
味をしめたお父さん、チーズを伸ばし続けて、そのまま朝を迎える。
伸びたチーズを口に咥えたお父さんが「ほはひょう(おはよう)」。
家族、またもや大笑い。
お父さん、チーズを咥えていたら周りにウケると勘違い。
それからというものの、
チーズを咥えて会社に行き、
チーズを咥えて飲みに行き、
チーズを咥えて帰宅し、
チーズを咥えて寝た。
息子と伸びたチーズで長縄跳びをして遊んだりもした。

10年が経った。
息子は高校生になり喧嘩に明け暮れ、
ほとんど家に帰ってきていない。
お母さんは病床に伏していた。
お母さんの余命宣告を聞いたときにも、
噛み締めるようにチーズを咥えていた。
チーズを口から離すわけにはいかなかった。
息子はそんなお父さんを殴った。
「こんな状況なのに、どうしてそんなふざけたマネ続けられんだよ!」
お父さんは言った。
「ほへふぁ、はほぉふはひほふはっはふぁははは(これが、家族がひとつだった頃の記憶だからさ)」
それはお母さんの意志だった。
「だから、あの子のためにも、チーズを咥え続けて」とお母さんはお父さんに伝えていたのだった。
10年もチーズを咥えたまま話していたので、息子にはお父さんの言葉が聴き取れた。

その日から、息子は喧嘩をしなくなった。
殴られることはあっても、人を殴ることは決してしない男になった。
そして、大好きなピザ屋でアルバイトを始めた。

間もなくして、お母さんは眠るようにこの世を去った。

更に10年が経った。
お父さんは定年退職し、誰にも邪魔されずに安心してチーズを咥え続けられるようになった。
上京した息子から久々に連絡があり「店を開くから来てほしい」とのことだった。
何の店かは知らされないまま、お父さんは東京へ息子に会いに行った。

それは、『Chew cheese(チーズを噛む)』という名前のピザ屋だった。
息子曰く、「開店前に自分の作ったピザを、お父さんに食べてほしかった」とのことだった。
立派なピザ窯で焼いた、チーズたっぷりのピザがお父さんの席に置かれる。
そして、息子と、初めて会う息子の恋人が並んで、お父さんの前に立った。
息子は言った。
「これからはお父さんと、新しい家族の記憶を作っていきたい。さあ食べて」

お父さんは咥えてきたチーズを口の端にズラす……その手を息子が止める。
息子の目も、手も、温かかった。
20年前、息子と手を繋いだときの温度と一緒だった。

お父さんは、今までのチーズを丁寧に口から取り出すと、皿の端に置く。
そして、息子の作ったピザを口を大きく開けて、頬張った。

そのピザは、チーズがよく伸びた。

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【罪状】悪臭防止法違反

父親が伸ばし続けたチーズが極限まで腐敗していたため。

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