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福祉の行き詰まりを打開したい! だから私はLUMOで挑む。

こんにちは!
株式会社Gotoschoolが運営する「子ども運動教室LUMO(ルーモ)」で児童指導員をしております、後藤です。

幼い頃の私は、体を動かすことが大好きでした。走る、木に登る、スロープの手すりを鉄棒がわりに回る、動いているブランコからジャンプするなど、いわゆるおてんばな子でした。

思春期以降は、そんなおてんばぶりにブレーキをかけ、無事、大学に入学・卒業。新卒からの10年間は社会福祉法人で働きました。最初の4年間は高齢者デイサービス。残りの6年間は、障がい者福祉サービスへ異動し、生活介護、就労継続支援B型、短期入所、放課後等デイサービスに従事しました。

その過程で、さまざまな困りごとを抱える方に接し、私自身、場に見合う対処ができるようになりました。しかし「どうすればよりよくなるのか?」という根本的な解決方法を見つけられず、次第に福祉サービスの存在意義と、現状の自分たちにできることとの差に疑問を感じるようになりました。そして、「このままではダメだ!」「根本原因にアプローチするスキルを身につけたい!」と強く思うようになり、LUMOに転職することになったのです。

今回私は、このような思いにいたったエピソードと、LUMOに転職した理由について、皆さんに紹介したいと思います。


支援者が困る行動は、問題行動?

前職では、落ち着きのなさ、過度な不安や怖がり、指しゃぶり、他害行為、自傷行為などを「問題行動」と表現することがありました。この言葉は「誰にとって問題のある行動」だと感じますか?当時の職場では、指導員やスタッフなど「当事者以外にとって困る行動」を指していたと思います。

それと同時に、問題行動は仕方のないもので、解決できないものと捉えていました。私自身も以下のように、問題行動は「解決できない」かわりとして「対処する」ものと考えていたように思います。
 
・イライラするときは、薬を飲んで落ち着く
・聴覚過敏にはイヤーマフをつける
・服のタグの刺激が嫌だからタグのない服を着る
 
つまりこれらは、原因療法ではなく対症療法です。困りごとの根本は変わりません。ご家族の疲弊ぶりはもちろん、自分も同僚も対応に困り、このままでいいのかと悩んでいました。


市内すべての事業所に利用を断られたAさんとの出会い

なかでも思い出深いのは、強度行動障がいのあるAさんという女性です。Aさんは、とてもすてきな方です。人との関わりが好きで、積極的にコミュニケーションをとり、友だちを気遣う面や、音楽にあわせてノリノリで踊る姿が印象的でした。その反面、支援の難しさもありました。

一つは、単独行動が難しいことです。Aさんは、幼い頃にうけた足の手術のため、一人での移動が危険でした。しかし、目に入ったものすべてが気になり、突発的に走り出すことが多々ありました。「こうしたい」という思いが強く、こちらが「〇〇したら一緒に行きましょう」と言葉や絵で伝えても納得してもらえません。

そのうえAさんには、他害行為や自傷行為がありました。思い通りにならないとイライラし、手当たり次第に物を投げるのです。「イヤ」と言えないかわりに、噛みつく・引っかく・唾を吐くなどの行為で意思表示をします。

加えて、Aさんは聴覚過敏であるために、大きな声や音(特に雷の音)が苦手でした。パニックになると泣き叫び、自分の髪を引き抜いてしまうこともありました。

そういった理由から、Aさんは、市内すべての事業所の利用を断られてしまいました。私が当時勤務していた事業所でも、週5日の利用希望には週2日しか対応できず、短期入所の利用はお断りせざるをえませんでした。

居場所を提供することすらできないもどかしさ

Aさんとの出会いで、強度行動障がいのある方に対する自分の力不足と、既存の福祉事業ができるサポートの不十分さを実感しました。

Aさんとしては、「なぜ思う通りにできないのか」がわからず、伝わらないもどかしさを抱えていたのだろうと思います。そして、耳に入る大きな音も、聴覚過敏のない人には想像できないほど恐ろしかったはずです。そんなAさんを支えるご家族の気持ちも、想像に余りあります。

しかし、もしお預かりできたとしても、居場所を提供するだけです。お預かりは、困りごとを緩和する手立てではありません。Aさんの生活をより快適にするわけではなく、ご家族の負担を時間的に減らすくらいが限界でしょう。


困りごとにフタをしても、解決にはならない

これをきっかけに、私は「福祉の存在意義とは?」「福祉の価値はどこにあるのだろう?」と疑問を抱くようになりました。

福祉とは本来、幸せや豊かさを意味する言葉です。そして、他害行為や自傷行為、多動などの症状は「特別な配慮が必要な状態」です。福祉サービスは、そういった方の幸福のためにあるのに、周囲が困るからといって提供されないのであれば、間違っていると思います。

そして、サポートを必要とする方とご家族の幸福を考えれば、「症状にフタをするだけでは意味がない」とも考えました。

Aさんのような方が、快適に過ごせるアプローチはできないかと、環境面に工夫したり、活かせる資格を調べていくなかで、LUMOに出会いました。

困りごとの根本にアプローチする「原始反射の統合」

LUMOでは、運動で脳を刺激し、発達を引き出すプログラムを提供していました。
例えば、脳や発達に障がいのある方には、原始反射がたくさん残っていることが報告されています。原始反射は赤ちゃんの発育発達に欠かせない脳の機能で、発達の過程で消えていきます。しかし、原始反射が残っていると、以下のような症状につながります。

・感覚過敏(音、光、物、触覚・臭覚、味など)
・集中できない
・うまく言葉で伝えられない、発語できない
・気持ちをコントロールできない
・過度な不安や緊張
 
これらは当事者の困りごとですが、多動、他害・自傷行為などの行動として外側にあらわれ、周囲とのトラブルにつながります。

すると、その原因を知らない周囲は、当事者の困りごとではなく、「周囲にとって困る行動だから問題行動」とみなすリスクがあると思います。だからこそ、根本的な原因に向き合わない限り、支援者側は「症状への対処=解決した!」と誤った認識をしてしまうのです。

しかしLUMOが実践するのは、困りごとの根本にアプローチして寛解することです私はLUMOに、福祉業界のあきらめを解決する糸口があるように感じました。「障がい者福祉の常識を変え、笑顔を増やしたい!」と思い、LUMOへの転職を決意したのです。


原始反射を調えることで、困りごとが減っていく

指導員となったいま、LUMOの運動プログラムで子どもたちの発達が引き出されるのを目の当たりにしています。困りごとが減り、すくすくと成長していく姿に、ますますLUMOのアプローチの可能性を感じているのです。

例えば、半年前は集団に入れず1人で遊んでいた3歳の男の子が、いまではみんなと一緒に運動メニューに参加し、お友達と積極的に遊ぶようになりました。

思い通りにならないとかんしゃくを起こしていた5歳の男の子も、半年後には集団行動ができるようになり、「次は何をするの?」と確認するなど、見通しを立てられるようになりました。

気持ちのコントロールが難しいなら、不安や緊張に関わる原始反射を調えればいい。
聴覚過敏があるなら、感覚過敏に関わる原始反射を調えればいい。
よだれが止まらないなら、口まわりの原始反射を調えればいい。

そんな視点が当たり前になり、困りごとの根本を解決できる手段や場所を増やしていきたいと思います。

まだまだ経験も知識も不足していますが、「どうすればよりよくなるのか?」の答えを探し続け、“あきらめを、チャレンジに!”を体現してまいります!


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