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物書きの匂い ②

先生のお顔の色はいつもよろしくない
たれだったか、棺桶の中で眠っていらした方と
近しいお色
ペンを持つ指は
痩せて節が際立って痛々しいほど
あぁ肉を削ってらっしゃるのね
それは文字になって小説になって
美しい世界を紡ぐのですね

先生は何も仰らず
寡黙なまま見つめていらっしゃる
私も胡乱に満ちた瞳を見つめた

なんて、下世話な言葉を放ったのだろう
急に恥の芽がにょきにょきと私を絡め取った
自分の言葉に耳まで熱くなり真っ赤になる
手のひらには尋常でない量の汗が滲み
江戸小紋の安い着物を濡らした

私は何を言っているのだろうか

鼻の奥がツーンと痛み
訳のわからない苛立ちに
ますます鼓動が速まり

「さぁお上がりなさい」

蓋をそっと開けて
差し出された、小さな茶色の器には
可愛らしい千菓子が入っている
キラキラと輝き、細かい細工の千菓子に
心踊らない私ではなかったけれど
今、毛穴から恥が吹き出すほどの
決心の元、吐いた台詞は聞こえてなかったのだろうか
幼い童女をあやすかのような
先生の対応は、私の成長を無視している

「私、今年で十四になります」

持っておられた器を畳へコトンと置くと
懐から煙草を出して口へ挟まれた

「十四歳になると千菓子を食べてはいけないという法律でも出来たのかい?」

マッチを摩る
火が煙草の先端をじわりと赤く燃やして
独特の香り
白い絹糸のような煙は
暗がりの中でゆるりと立ち昇る
一吸い美味しそうに召し上がられると
柔かな笑みをなさった
お美しいと
ただ、お美しいと
心が叫び
同時に恐ろしいほど不安が覆った
何処かへ行ってしまわれる
きっと雨が産まれる空より上へ
無意識の内に私は畳を滑るように走り
今にも飛び立たんとしている先生の
懐に飛び付き
着流しの生地を皺くちゃに握り締めて
胸元に顔を埋めて居た
震えが止まらなかった

先生と私の間に置かれた
千菓子の器は倒れて
畳の上に散らばった

庇を打つ雨音が痛いほど響く静寂

先生のお手が私の頭を撫でた
童女を撫でる手だ
ひんやりと冷たい

「お清、そんなに慌てて大人に成ってくれるな」
「月へ帰さなくてはいけなくなってしまう」

私の頭を胸に押し付けて囁くように仰った
お声は少し震えていらして、まるで泣いているみたいに聞こえた
私は考えていた色々の文句をすっかり飲み込んでしまって
ただ、コクリと小さく頷いた

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