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官民連携に新たな取り組みを導入する壁とその乗り越え方:八王子市SIB導入(後半)/ GRアワード2021優秀賞【日本GRサミット2021 レポート】

全国青年市長会と連携し、先進的な官民連携に取り組んでいる全国の若手市長の皆さまを登壇者に迎えて毎月GR勉強会を開催する日本GR協会は、2021年の集大成となる大規模イベント「日本GRサミット2021」を12月26日に開催しました!

サミットのテーマは「官民連携の最前線!GRアワード発表 ~トップランナーが描く地域の未来図~」ということで、県知事就任後、数々の改革やコロナ対策で群を抜く活躍をしている千葉県・熊谷 俊人知事をメインゲストにお迎えするとともに、初めての試みとして、全国の官民連携事例から社会課題解決の好例となる事業を「GRアワード」として表彰しました。

その他にも、行政の現場を理解し、民間のビジネス環境を把握しながら課題解決にあたるプレーヤーに多数登壇いただき、具体的なメソッドを学んでいただく機会になったのではないでしょうか。

このイベントレポートでは、日本GR協会・陶山 祐司理事(株式会社Zebras and Company 代表取締役)がモデレーターを務め、八王子市・医療保険部 成人健診課長 滝口 敦 氏、主査 新藤 健氏、株式会社キャンサースキャン 代表取締役社長 福吉 潤 氏、ケイスリー株式会社 代表取締役社長 幸地 正樹 氏にご登壇いただいたセッションの内容を詳細にお届けします。

※ この記事は後編です。前編はこちら
(執筆:日本GR協会 GRオフィサー・勝見 恭子)

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SIB導入までの壁、それを乗り越えられたポイント

(陶山)
私自身、自治体とSIBの話をすることも多いですが、導入の壁として、事業者さんを探すのが大変とか、支払い額が未確定であることによる予算取りの難しさなどが上がることが多いと感じています。今回の事業では、どのようなことに苦労されて、どのように乗り越えられたのでしょうか。

(幸地)
私はSIBの導入に関して2014年から動いていましたが、「成果連動型」という言葉で、予算取りとか、議会への説明責任とかを見越した反対意見が沢山出てくる中で、それを考慮しても今の我々に必要だから乗り越えていこう、導入に向けて考えていこうと、共に歩んでくれる自治体さんを探すのが一番初めに大変でした。そんな時に、福吉さんと経済産業省の委員会で出会い、八王子市さんなら一緒にできるかもしれないとご縁をつないでいただいた。そういう意味で、まずは人、同じ方向性を向く仲間づくりが重用なのかなと思いますね。

(新藤)
成果連動型の官民連携事業を「導入していこう」という意思はあったが、最初はどこに導入していくのかというのは悩んだところです。結果的には、初心に立ち返って、私たちが社会課題として認識しているところに落とし込むということを重要視しました。大腸がんの精密検査受診率が低いという課題に対して、そもそも大腸がん検診を未受診の方、不定期受診の方をどうやって動かすか、更には精密検査にどうやって結び付けていくか、という点にきちんとアプローチしていく、そこにこのスキームを当てはめていきました。

(陶山)
非常に興味深いお話です。SIBや官民連携の新しい取り組みは、どの領域で取り組んだらいいかわからない、どう進めたらいいかわからないというお話もよく伺いますが、現状の課題として認識しているところ、これまで取り組んで来たものの行政だけで解決できずに、まだ課題として残っている分野にこそ、外の力を取り入れて、新しい仕組みを導入して解決のチャレンジをしていく、ということが必要なんだと感じました。

(福吉)
私は実は、八王子市さんにSIBの提案をする前にいろんな自治体さんを回りましたが、当時はどこも門前払いでした。SIBなんて聞いたことがないし、「成果が出なかったらお支払いがないんです」と言うとむしろ、「取った予算を執行しないとそれはそれで困る」という話があって、どこいっても「やらない」、「出来ない」理由が1000,2000出てきます。
八王子市さんは、SIBをご提案した時に、まず「どうやろうか」という話をしていただいて、その時のことはいまだに記憶に新しく、「どうやったら、できるようになるだろうか」という視点で、すごく歩調を合わせていただいたことに非常に感謝しています。

私が検診の受診率向上をSIBで取り組みたい理由は、事業規模にあります。全国の色々な自治体で検診の受診率を上げようとする事業を提供していますが、予算は300万~500万程度です。もちろん限られた予算の中で、際限なく出せるわけでないことはわかっていますが、特に大腸がんの検診に関しては、医療費削減効果があることが海外でも示されているので、それだったらもっと大規模に事業を展開できれば、多くの人が命も助かるし、市の将来的な医療費も下がるので、成果連動型で挑戦させていただきたいと思っておりました。

(陶山)
「予算を執行しないといけない」とか「出来ない理由をならべる」というのは、「行政あるある」かもしれませんが、八王子市がそうならなかったのは、どんなポイントがあったからでしょうか。

(福吉)
まずは、「人」です。新藤さんの前の上司でいらっしゃった方が経営企画に移られたタイミングで、大腸がんの検診率向上に関して熱意もおありで、新しい手法にも明るく、やる気がある方が企画部にもいらっしゃったという点。さらに、他部署にも何名か、非常に新しいこと、革新的なことに、前向きな方が集まってこられたという感覚でした。

(新藤)
確かに、いろんな関係者が、新たなチャレンジに前向きな方が揃ったというのは大きいです。
八王子市が、がん検診の分野で全国的な評価をいただいているので、多くの職員の中に、その分野で更に色んなことにチャレンジしていける土壌があり、ひいていえば、そのチャレンジが市民の健康増進につながるというところに意識をおいて仕事をさせていただいている結果なのかなと感じます。

(幸地)
いろんな自治体で、新しい取り組みをやりましょうという話をしている中で、うまくいくところ、途中で止まってしまうところがあります。トップダウンで首長がやろう、と言っている場合と、ボトムアップで現場からやろうと言っている場合の2つがありますが、上手くいっているのは、両方がかみ合っているところかなと感じています。

トップダウンのみの場合は、結局目の前でいろんな課題が毎回毎回出てくるので、それを乗り越えていくのに、現場職員の気持ちがついてこないと、そこで止まってしまいます。逆に、現場からのボトムアップだけでも、庁内調整も含めてなかなか難しいところもあるので、例えば企画担当の部門が調整サポートしたりとか、契約財務も含めて連携できていると上手くいきやすいと感じています。
八王子市さんは、最初から企画担当の方もSIBをよく知っていたし、契約担当の部署の方も初めから打ち合わせに入っていて、庁内の戦略会議にもアジェンダとしてSIBを検討していきますと宣言されていたので、ほかの部署からもサポートが入りやすかったというような、進め方のうまさもあったのかなぁと思います。

事業の改善点、今後に向けて

(陶山)

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少し視点を変えて、もし、もう一度2016年に戻るとしたら、ここはこうしておけば良かったなと思うことはありますか。これから導入される方の学びにつながるかと思い、質問させていただきました。

(幸地)

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今回の取組の改善提案に関しては、既に八王子市さんと一緒に作った最終報告書にまとめているので、そちらを見ていただければ細かい点に関して確認できると思います。例えば、指標に関しては、「早期がん発見者数」に関しては外しましょう、というような改善点を記載しています。

もし、改めてSIBを進めていくのであれば、個別最適よりも全体最適となるように業務範囲を改めて検討したいと考えています。なかなか縦割り組織や、予算取りの話もあって難しいですが、大腸がん検診の受診率だけではなく、それ以外のがんの受診率も同じような課題もあります。

更に、いわゆる健康寿命という考え方でいくと、がん検診以外の色々な取り組みに関しても、もっと幅広に、「市民の健康寿命を効果的に伸ばすために、予算をどのように使っていけばよいのか」といったところまで広げて、色んな取り組みを試していければ、より良い実証ができるのではないかと考えています。

(福吉)

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冒頭にもお話ししましたが、京都大学の先生方に、真の医療費削減効果を算出してもらったところ、想定の3倍~4倍だったということが分かったので、それが最初から分かっていれば、もっと予算を使って、いろんな手を使って、更に検診率向上に繋げられたのではないかと思います。だから、成果指標につながる医療費削減効果額をもう一歩踏み込んで検証して、それからスタートすべきだったのではというのが一点です。

もう一点、今回の事業でSIBの一つの実績ができたので、他の自治体でもやってみようという声が増えてきましたが、事業の意義を非常に感じるのと同時に、がん検診の価値が医療費削減効果とセットで目立つ形になったというのは良し悪しだと感じています。例えば、子宮頸がんだとおそらく、がんの性質上、医療費削減効果は算出できません。しかし、20代、30代が罹患のピークとなる子宮頸がんで、そんな若い女性が、家族を残して無くなっていくことは、医療費削減額ということではない社会的バリューがあるはずで、そういうことも含めて指標にするようなことを次はやっていきたいと思っています。

(新藤)

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※八王子市・医療保険部 成人健診課 主査 新藤 健氏 (写真 右)

最初は、外部の民間資金を活用するSIB導入モデルにかなりこだわりがあって、時間がかかってしまいました。最終的には、行政と株式会社キャンサースキャンさんとで成果連動型の契約を結ぶというところに落ち着きましたが、これから導入を検討される自治体の方は、最初から民間資金を活用する形ではなく、まずは成果連動型の契約を結ぶことから始められてもいいのではと思っています。


(陶山)
皆様、ありがとうございました。最後に、一言ずつメッセージをお願いいたします。

(幸地)
「出会いが大事」と初めに話したので、出会わなければ始められないじゃんと思われたかもしれませんが、私は八王子市さん、キャンサースキャンの福吉さんと出会ったのは必然だと思っています。課題意識をもって、声に出して動き続けていると、同じ課題意識を持っている人ってやっぱり集まってくると思います。自治体と新しい取り組みをするのは、「難しいから動かない」、「悩んでばかりで動けない」ではなくて、覚悟を決めて「まずは動く」、動くことが初めの一方だと思います。動いて継続してれば、その先の必然に繋がっていくと思うので、これからも新しい取り組みも含めて、動いていってもらえればと思います。

(福吉)
成果連動型業務委託やSIBは、「失敗するとお金が貰えないから事業者は頑張りますよね」、「成功するとメリットがあるからこそ頑張れますよね」と言われます。そういう側面もなくはないですが、一番我々事業者として成果連動型の業務委託が嬉しいのは、仕様発注ではなく、成果発注であることです。「何通のダイレクトメールをいつまでに送ってください」ではなく、「何%受診率を上げてください」と言われた方が、我々はその道の職人ですから、細かく指示されるよりは、「この結果達成してくれ、後は任せた」の方が、当然、腕はふるいたくなるんです。事業者にとっての価値は、実はそこのほうが大きいと感じていて、成果連動型の業務委託やSIBは、事業者に裁量のメリットがあるんだということを自治体の方にご理解いただいて、是非チャレンジしていただきたいなと思います。

(滝口)
昔ながらの官から民への仕事の依頼というと、例えばポスターを発注する際なんかは、我々が手書きで仕上げて、あとは印刷屋さんに任せるという程度しか委託ができないイメージでした。官民連携は、価格競争から始まって、性能発注、そして、こういった成果連動型という形で様々な選択肢がうまれてきました。SIBは、我々も指標をつくったり、効果額を検討したりするのはすごく大変だなと思いますが、自治体としては限られた予算を効果的に使用できるので、自治体に有利なのかなという気がしていました。
今、福吉さんから、民間企業側も成果を指標にすることで、働き甲斐につながるんだというお話を伺えて、非常にありがたく、これからもうまく進めていけるようにチャレンジを続けていきたいと改めて感じました。


おわりに(編集後記)

「出会いは必然だった」という幸地さんのお言葉は、まさにその通りと、私も感じてしまうほど、それぞれの皆さんの想いが強く、「住民のがん検診を促進することで将来の医療費も削減でき、命を守ることもできる」という方向で、3者の想いが強く共鳴しあっていることが非常に実感できました。

SIBという新たな、前例のない取り組みを自治体で導入する壁は、言葉に表せないものも多々あると思いますが、その思いの強さが仲間とのご縁を紡ぎ、多くの人を巻き込み事業を推進するエネルギーになっていらっしゃったように思います。

私自身も、信念をもって、住民のために、地域の将来のために必要な取り組みだと感じていることを、壁を恐れず行政と会話をし続けていきたいと改めて思いました。皆様も、この事例から、何か行動へのヒントを掴んでいただけましたら幸いです。

(執筆:日本GR協会 GRオフィサー・勝見 恭子)

以上、GRアワード優秀賞 八王子市/キャンサースキャン/ケイスリー「SIBを活用した検診受診率向上による住民の健康増進」セッションの後半の内容をお届けしました。

イベントレポートの前編はこちら
また、当日の様子はYouTubeでも公開しているので、ぜひご覧いただければと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=G3GZ1S4lnP8

最後になりますが、日本GR協会が企画するイベント情報はPeatixやFacebook、そしてTwitterで随時発信中です。

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