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橙(だいだい)のジャム 第一話

このお話は、深い悲しみのケアをするグリーフケアガイドであり、産後ドゥーラの仕事をしている、ひらつかけいこさんが綴った物語。
産後ドゥーラとは、産前産後の女性たちを支える家事も育児も、心配ごとも、まるごと相談できる心強いサポーター。
当時通っていた家で、起きたことを書いてくれました。

橙(だいだい)のジャム 第一話

どうしよう、あとちょっとでなくなってしまう。
日に日に減っていくことが、何か大切なものまでも、失ってしまうような気にさえなっていた。
「あの、大さじ1程度でいいので、使い切らずに残しておいてくださいね」と、Mさんに念を押すように伝える。

初めて、Mさんにお会いしたときに、子育てや家事について、
どのようなサポートをご希望なのか、一時間程度、お話を伺った。
話の流れから「実母には手伝ってもらえないので」と。
特別悲しそうでもなく、事実を淡々と、必要な話だから、という雰囲気で話されている様子だった。

リビングダイニングにある、キャビネットの上に、小さな写真立てが飾られていた。
その写真から、お母様は亡くなられている、ということだけを知った。
いつ、どのようなご事情なのかなど、詳しいことに触れることはなかった。
尋ねてはいけないような、というか、そもそもこういった話しは、
ズケズケと聞けることではない、ということは承知している。


ただ内心、もしかしたら、いつかお話ししてくださるかもしれない、と思いながら、Mさん宅の家事や育児をサポートしていた。
冷蔵庫の中には、年季が入った小梅や数種類のジャムを漬けた、小ぶりな瓶がいくつもある。
これはいったい、どなたの手作りなのだろう。

普段のサポートに、特段必要がないと思われる事は、こちらからわざわざ、聞かないようにしている。
”この人はなんで、こんなことを聞くのだろう”
などと、考えさせては気持ちの上で負担にさせる。

かれこれ1年経つけれど、冷蔵庫に鎮座している、瓶の中身も減っている様子はない。
お母様の話題に、触れることもない。
毎回、作り置いた食事を、その瓶と瓶の隙間や、移動させて、冷蔵庫内のスペースを空けて保管していた。

ある日、
「これは、母が作っていたものなんです。これを使って、スペアリブ煮を作ってもらえたら」
と、熟成したマーマレードのようなものが入った瓶を、私の手元に置いた。
わたしはようやく何かが一歩前に進んだ様な気がして
「えー!そうだったんですか、すごいですね〜」
Mさんの口元が少し緩み、
「食べてみてください」と言われて、一口食べてみる。

ねっとりとしていて、所々苦味も感じて、そんなに酸っぱさはない。
甘味が固まった部分がジャリッという。
ありきたりだけど「おいしいですねー」
うんちくはどうでもいいし、ほんとうにそう思ったから。

その後、ジャムの出番が増え、週に一度はこのジャムを使って、
豚の生姜焼き、鮭のバター醤油焼き、鶏の照り焼きの甘味に使用していた。
Mさんが、慣れている「味」に頼りながら、おかずを作っていた。

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橙(だいだい)のジャム 第二話に続く…

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