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三國万里子著『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』 感想と編み物について

ニットデザイナーの三國万里子さんのエッセイである。

およそ10年前、結婚後すぐの入院を経たばかりだった私は、数少ない楽しみとして、手芸に時間を割いていた。中でも三國万里子さんのニットデザインにメロメロになっていて、ざっくりした北欧風のデザインは、私に初めて編み物に着手する勇気を与えてくれた。

本の出版イベントか何かだったと思う。「三國万里子さん編み物相談会」という名目で、渋谷のロフトに行けば三國万里子さんにお会いできるという。普段は微動だにしない重い腰だが、この日は、渋谷なら、と気軽に行ってみたのだった。出不精の私には本当に珍しいことだった。
今はそういうイベントがあれば人だかりだろうけど、その頃は参加者はまばらだった。
私は恥ずかしながらも、三國さんに、初めて作ったばかりの(まだ片方しかできていない)ミトンをお見せした。
三國さんは目を見開いて驚いていた。
それもそのはず、ギッチギチに目が詰まって、手術用の手袋のようにキッチキチなのである。小さめの私の手ですら。三國さんは「あらまあ」とでも言いたげ。
「とにかく編み慣れることです」というようなことを言っていただいたと思う。
三國さんは年上ながらキュートな雰囲気で、少しイタズラっぽいにんまりとした笑顔だったように記憶している。
その後も三國さんのデザインのものをいくつか作ったが、もうあの手袋のようにギッチギチにはならない。いくつかの帽子と、二組目のミトンができ上がった。


ネイビーのベレー帽。これを編んでいるときに村上春樹の「街とその不確かな壁」が出て、その符牒(偶然性?)に驚いた。

ふんわりとしたニットは人をあたためてくれる。人が編んだものならなおさら、それは冬の初めの焚き火のようなじんわりとしたあたたかみがある。三國さんの本は、冬の初めのいま特にお勧めする、私の大好きなエッセイの一つだ。

書き出しの旦那様との馴れ初めは、読んでいるこっちまで照れ臭くて、ぶっきらぼうな「三國さん」に、著者である彼女とともに腹立たしさを覚える。
ほんの少しのエピソードが書いてあるだけなのに、わたしのなかで完全にシチュエーションが思い描かれてしまう。

初めて本を出した話は、感激が伝わる。どうしても作りたかったものがようやくできた時の喜び。それを味わいたくて人々は日々働いているのだろう。
三國さんの人生が、決して一筋縄ではいかなかったことが、かえって人を惹きつける。
結婚後、出産してから自分の仕事を持つまでに驚くほどたくさんのものを編まれたり、子育てで苦労されたり。

この本の表紙は、素敵な手編みのニットを着たヨーロッパ風の人形の写真である。三國さんは、50歳前後の今も人形遊びをされているらしいことがわかる。実際彼女の旧Twitterを拝見すると、ニットからお布団から、さまざまな「お人形の服」を作っていらっしゃるようだ。
私はこの没頭力?人形遊びに入り込む能力が、ニットデザインの母であるなあ、と勝手に感服してしまうのである。
私は昔から、リカちゃんやジェニーを持ってはいたが、「私リカちゃん、これからパーティーへ行くの…」みたいな物語を作るのが苦手だった。
そして、リカちゃんやジェニーの服は、コレクションの如く、それらを並べるばかりだった。物語を創造する能力に欠けるところがあった私には彼女がすごく羨ましい。
お人形遊び?と驚かれる方も多いかと思うが、それでいいのだ。それが最高にいいのだ。その童心。その想像力と創造性。そうしてやがて飽きのこない人気のニットデザインが生まれるのだ。

10年経って三國さんの初エッセイ集を眺めてみて、やはり素敵な人生を送られている方なのだな、と私は再確認した。Twitterで垣間見た、ご主人とご子息との関係も羨ましい。ご自分ではこう表記されているが。

「なんだかあんまりぱっとしない、ごく普通の女の半生についてのお話なのですが」

誰だって、素敵な人生を送る人のエッセイを読みたいものだ。文章は「うますぎる(吉本ばなな氏評)」から伝わるのかもしれないけど。
私は素敵な人生の人の本を読みたい。
それが、ごく普通である世の中であってほしい。

そして私も、三國さんのような素敵なエッセイをいつか書きたい。そのためには、愛する人に囲まれて、自分の人生に満足している、三國さんのような人になりたい。


ムックを連想させるミトン

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