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調査の現場⑧:グローバルスタディーズ学科

 この連載には副題が付けられていませんが、今回は「調査地でテーマとテーマが出会うとき」を副題として書いてみたいと思います。これから調査を始めようとする学生の皆さんにはあまり参考にならないかもしれませんが、調査を続ける中で起こった研究の広がりを紹介したいと思います。しいていえば、関心のアンテナを広げることで、調査中に偶然起こる事件や調査対象者の行動が、とても興味深い現象に見えてくる、ということを感じていただければと思います。

 さて、初手から手前味噌で恐縮ですが、先般、以下の著作が上梓されました。
 私は西アフリカのブルキナファソという国の首都ワガドゥグ市(図1)で、宗教組織(特に学校)や食文化について文化人類学的な研究をしています。この本では、私が2014年ころから追いかけているサワドゴさんというマラブー(※イスラーム宗教職能者)が営むフランコ・アラブ学校(半宗教学校)が、変容するアフリカの社会の中でどのような立ち位置にあるのか、また、こうした学校にどのような可能性があるのか、という点を検討しました。


 イスラームの宗教学校は、ムスリムがほとんどを占めるこの地域において、伝統的な教育を担ってきたとともに、公教育の普及が大きく遅れたこの地域において、子どもたちの教育を下支えしてきた教育機関でもありました。こうしたイスラーム教育機関は、いわゆる学校に押されて減少傾向にあるわけでなく、マラブーの努力や、いわば宗教学校が「私学」として認可を受けるなどの動きもあり、反対に学校数も生徒数も大幅に増加しているという現象が見られます。

 この本の原稿を脱稿しつつあった2022年末から、やはり、「学校」の調査のためにブルキナファソを訪れました。

 かねてより西アフリカを襲っていたテロの災禍は、2018年ころから、本格的にブルキナファソ(特に北部や国境地帯)に影響を及ぼすようになっていました。このころから、北部や周辺国国境地帯のテロ発生地から逃れた人びとが国内避難民としてワガドゥグにも流入し始めており、私の調査地でサワドゴさんの学校がある地域でも、こうした話をよく聞くようになっていました。


写真1.サワドゴさんとスンバラ製造チーム(2023年3月5日清水撮影)


写真2.スンバラ(2023年3月5日清水撮影)

 サワドゴさんは、2014年から現在の場所でフランコ・アラブ学校の経営を始め、学校が軌道に乗ってしばらくした2019年ころから学校をほかの先生に任せ、自身は特に宗教的な活動に注力するようになっていました。
 今回私が訪れた際、サワドゴさんは、自身が住む地域の国内避難民の特に女性を中心として組合を新たに組織(写真1)し、収入向上活動を展開しようとしていました。取るものもとりあえずテロから逃れた避難民は、その日の暮らしもままならず、支援を必要としています。宗教は人間を救うものですから、こうした難局にある人びとに対し行動を起こそうとしていた、というわけです。サワドゴさんが提案した具体的な活動は、洗濯せっけんの製造、肌用せっけんの製造、そして、スンバラ(※※、写真2)の製造です。これらは、ワガドゥグの人びとの生活必需品で、間違いなく需要があるものでした。
 もちろん、避難民の子どもたちの一部を自分の学校に無償で通わせたり、礼拝の際にモスクに通う人びとから寄付を募ったりと、これまでのサワドゴさんの活動の中で培った領域でも様々な活動を行っていました。新たな活動は、働きたくても働けない人たちに収入の可能性を強めるもので、やはり避難民にとって特に重要なものでした。
 サワドゴさんの活動には、数百人の避難民が参加の意思を表明しましたが、全ての人が参加できるわけではありません。参加希望者の状況やサワドゴさん自身のキャパシティを踏まえ、参加希望者の中から20名ほどを抽出し、他の活動に先行して始めるスンバラ製造グループに参加させることにしました。そして、その他の参加希望者にもスンバラを販売する権利を与え、売り上げに応じて利益を分配する、という計画が参加希望者たちに知らされました。スンバラは、日本でいえば、醤油や味噌にあたる、ブルキナファソの伝統的な食文化を語るうえで欠かすことのできないものです。地方により、使用される素材も作り方も若干異なっているので、メンバーたちがどのように調整していくのか、ということも大変興味深い点です。そして、作ったスンバラはメンバー内でも分け与えられることが考えられ、微々たるものですが、家計を助けるものともなるでしょう。

 最初に「調査地でテーマとテーマが出会うとき」という副題を付けました。今回の調査では、教育のことを調べるために企画されましたが、教育のことはほとんど進められませんでした。しかし、これは決して悪いことでありません。教育分野に重心を置いていた宗教家が、次第に雇用の創出や収入向上といった、人間の生存に関わる、もっと大きな意味での福祉に活動の場を広げていくことは、「宗教」の救済性や、福祉の担い手はだれなのか、という点を考えるうえで大変興味深い現象でした。そして、期待していなかった、食文化のトピックが入ってきたのは「瓢箪から駒」でした。期せずして、私がこれまで続けてきた2つのテーマが出会い、その狭間で、国内避難民の生活や、宗教と福祉といった新たなテーマが芽生えてきたのでした。

※マラブー:その地域でクルアーン(イスラームの聖典)についてよりよく知る人のこと。
※※スンバラ:西アフリカで多用される発酵調味料。高野秀行氏は「アフリカ納豆」と呼ぶ。

清水貴夫(グローバルスタディーズ学科教員)

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