いつでも最後の言葉を

あの日、私は小さな嘘をついた。
「これからもずっと一緒」と言って微笑むあなたに、咄嗟に拒否する言葉が出てこなかった。
私に未来を見せる光が、あまりに美しくて言葉を失った。

一過性の感情はすっかり見慣れてしまっていて、不確定な時間の長さを信じられるほど素直にはもう生きられなかった。
結局それは保身でしかなくて、ついた傷の分だけ防御の術が増えていった結果だ。
私は、ついた傷の分だけ強くなれるような人間ではなかった。
私は、弱い心を引き摺る情けない人間だ。
ただ、傷つき方を覚えてしまっただけ。
どうしたらうまく避けられるのか、どう構えれば傷が浅くて済むのか。

かつての私は、その気持ちを愛していた。
誰かと共に未来に進んでいくことや、時に過去を振り返っては幼さを笑い合うような希望を。
そして、望めば誰かとそう言う関係を築くことができると信じていた。
だからこそ、大切な思いを伝え損ねてしまうことも少なくなかった。
「これからも一緒にいられるなら、伝えなくったってわかるはずさ」と。
ただ単に恥ずかしかっただけだ。
それは結局、多くの後悔を残すだけだった。

人の心は移ろいゆく。それは決して責められない。
経験を積み重ねる中で思考が変わり、選択肢も過去の想像力を超えていく。
去るものには快く手を振れる自分でありたいと、いい人間のフリを望んだ。
だからその分だけ、流れていく一時に深く想いを注ぐことを覚えた。
大袈裟かも知れないが、今日が大切な人と過ごせる最後の日かも知れないと、それでもいいと思えるようにその日を過ごそうと、そんな風に考えるようになった。
だからこそ言葉を惜しまない。
一時の気持ちを隠さない。
照れや羞恥の壁に隠して、伝え損ねた想いを腐らせて生きるのは切ない。
もしもその想いが相手にとって持て余すものだったとしても、それがきっかけで顔を背けられたとしても、「最後」を覚悟してしまえば恐怖に打ち勝てた。

「なぁ。」
「うん?」
「私は、君と一緒にいられることが誇らしいよ。」
「何急に。」
「言えずに後悔したくないからね。」
「え、まさか明日にでも死ぬの?」
「いいや、そういう予定はないけどね。」
「なんだ、びっくりするじゃん。」
「今日もとても楽しいよ、ありがとう。」

未来に繋がらない言葉選びをする。
万が一にも、その言葉があなたの枷にならないように。
大切な言葉を差し出し、あなたのの掌に収まるのを見る度に、一つづつ別れの準備が整っていく。
あなたにとって一片の曇りもない、一時の友人と過ごした楽しい記憶の一つになれるように。
私も優しく穏やかで笑顔に溢れた記憶があれば、きっと一人でも歩いて行けるから。

「空が赤いね。」
「そうだね、夜も近い。」
「明日は何をしようか。」
「明日のことは誰にもわからないよ。」
「君はいつもそればっかり。」
「約束は苦手なのさ。」
「じゃあ、明日は何時に起きると思う?」
「いつもと変わりなければ、7時だろうね。」
「その後顔を洗って、服を着替える?」
「ああ、そうかもね。」
「そのあとは食パンを焼いて、食事をしたら歯を磨く。」
「あぁ。」
「じゃあ、全部終わる頃に君の部屋の戸を叩くよ。」
「そうかい。」
「いいかな。」
「君がすることは君の自由だよ。」

約束は苦手だ。
あなたを待つ時間が嫌いだ。
待つことに慣れてしまえば、希望を持つことが癖になる。
いつか失望するのなら、そんなものはいらない。
あなたがいるかいないかわからない日々を送りたい。
気まぐれを受け入れ、気まぐれを見送る人でありたい。

「また明日。」

手を振る。

「さようなら。」

手を振る。

食い違った挨拶を交わして。

こうやって、生きてきたから。
こうやって、生きてこなかった日々が苦しかったから。
こうやって、生きるしかないから。
こうやってなら、生きていけるから、

苦しみを遠ざけて。
きっと、どこまでだって行ける。

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