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シャワー中にタバコを吸う方法

数年前まではタバコを肌身離さず持ち歩いていた。職場、取材先、飲み屋は当たり前だが、風呂場でも同様だった。制約のなかで吸うタバコは格別にうまい。

シャワーを浴びるのは朝だ。夜はだいたい酒を浴びているから、いちいち服を脱いで、湯でずぶ濡れになって、しまいに濡れた髪を乾かすというのは面倒くさすぎる。だから、風呂に入るぐらいしか選択肢がない。

起き抜けに一服。壁紙はヤニだらけだ。その日の仕事の内容をぼんやりと考えながら、二本目を指で探る。前日に食った飯のにおいがする脂まれみれの顔とは対照的に、パリッと乾いた紙の肌触りが心地いい。

口にくわえたら、風呂場に直行だ。

蛇口をひねり、湯が出るまでに火をつける。あいにくZIPPOは趣味じゃない。BICがボクの相棒だ。小物入れには黒色か青色が山積みになっている。

風呂桶に立ち、タバコを右手の人差し指と中指でうやうやしく挟んだら、頭を垂れてあたたかい湯を思いっきり髪にぶっかける。

左手で髪を洗っている最中は、タバコを持った右手を掲げる。天にまします我らが父に供物を捧げるかのごとく、だ。せわしくなく動く左手とは対照的に、掲げた右手は微動だにしない。飛び散った水滴がタバコにかかってしまう。ちょっとやそっとで消えはしないが、ボクにとっての聖火が序盤で消えてしまうのは、あまりにも酷というものだ。

シャンプーは湯はねをしやすいが、リンスなぞはただ流しているだけいい。体を洗うのも視野があるから、目測がつく。左手につけたボディソープを体に塗りたくって、泡立てたら洗い流すだけだ。

その間もタバコを吸い吸い、作業をこなす。泡立てたらひと吸い、洗い流したらひと吸い、思いついたらひと吸い。右手は何にも汚されず神聖そのものだ。制約があればこそ、このひと吸いがうまい。

洗顔を終えたころには、さすがにフィルターが湿ってしまう。そうしたら、洗面台に投げ捨ててジュッと火を消す。一社会人としてはあるまじき行為だが、退去時には修繕費用を全額出している。そして、こまめな掃除を欠かさないことが大切だ、となるべく言い聞かせるようにしている。

うず高く積もったシケモクを横目に、さらにもう一本に火をつける。湿気が充満した風呂場で吸う一服だ。ヤニが肺にまとわりつくような感覚になる。その時だけは「やや不健康かもな」と毎回思ってしまう。

そんな紙巻き中毒のボクも電子タバコだ。一度風呂場で吸ってみたが、すぐに一台ダメにしてしまった。

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