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メモまとめ②

 前回の続きです。ここから読んでも全く問題はないです。(むしろこっちから読んでほしいくらい)
 長い間メモアプリに書き留めている文章を、誰に頼まれてもいないのに紹介するシリーズです。

 今回は長文のまとめになります。(真剣考えごとフォルダより)
 ※私にとって結構重い悩みごとも書いていたりします。時に意味不明だったりもします。



2023/1/14
(レポートの)文章を書くのが怖い 対策

絵(を描く時)と同じで、音楽聴きながらだと文章書きやすかった。

一時的にフォントの色を薄くして、書いた文字をあまり見ないようにするのも良かった。終わったらちゃんと黒に戻す。

2023/1/17
私にとって人の顔は、恐怖の対象であり、興味の対象である。

小学一年生の授業で、リアルな似顔絵を描くことが出来なかった。(幼稚園の時も似たようなことがあった)いつものアニメ風との絵と違って、気持ち悪くなるし、そもそも人に見られている状況で描くのも苦手だったから、自分のプライドが許せなくてどうしても描けなかった。みんな描けているのが不思議でしょうがなかった。
悔しくて家で一人で練習して、二年生の時には迷わずに描けた。
思えばその時からの葛藤とか執着だったのかな。

2023/1/24
人の「手間暇」に気づくと途端に畏怖を感じることがある。
決して無下にしてはいけないというか、万が一自分がそうしてしまったら、相手はどれだけ悲しむだろう、ということまで考えてしまって怖くなる。

人に対してもそうだし、作品や商品にしても。

考えすぎも良くない良くない。

でもその考えがあるからこそ、人や物を大切にできるわけだし。

別に自分に向けたものでなくても、「私が受け止めなきゃ!」「買わなきゃ!」って思いがち。

クオリティの高低は関係なく、人の手間暇がかかっているものはとても大事なもの。
でも世の中にあるもののほとんどがそうで、全てを自分自身で受け止めることは不可能。その中から選別することは苦痛。だからそもそも意識しないようにしている人の方が多いと思う。
それらは絶えず目の前に存在して、何を受け取るかは「必要/不要」「好き/嫌い」で選択していく。だけどそれらを飛び越えてきてしまうものがあるから悩む。理屈で捨てきれないものがある。

なんのはなしだよ。

2023/2/9
保健室登校してた時とか、塾に行ってた時とか、思い出したら胸が苦しくなってきた。

大きい嫌なことは無いけど、小さい嫌なことはたくさんあって、我慢してたけど辛かったなって。

喋れなくなる呪いにかかっていた。自分のせいなのに自分ではどうにもできない、そんな自分が嫌で仕方なかった。

強固な自分の意思と、目上の人の強制的な意見とに、引き裂かれるようだった。
選択から逃げようとするほど選択を迫られる場面が増えて。

あの時は、誰が何をしてくれようと、ただ辛くて、放っておいてほしかった。

誰かのせいなのか、学校のせいなのか、自分のせいなのか、未だにわからない。その時々によって変わる。

不登校のなり始めが5年生で、そこから10年経とうとしている。


何も話せない、大して動くこともできない、それでもなんとか自分の芯を作りたいと思いながらもがいて、人形を作り始めた。
自分のできることをやりたくて。動いていないように見えるけど、ずっと行動はしていた。
無駄な時間では無かったと証明するためにやっていたような。
そもそもはただ楽しくてやってたわけだけどね。

2023/2/13
絵を描くことが大好きなのに、描いた絵を人に見せるのが苦手です。小さい頃からずっとです。人形などの立体作品は、絵よりは自信を持って見せられます。(緊張はしますが)とても時間をかけてより良い形に作り上げようとしているからだと思います。自分で作っているけど、自分とは切り離したものと捉えることができるからなのかもしれません。
でも絵は時間のかけ方もまちまちで、思考がそのまま出てしまっている感じがします。言葉に近い感覚です。絵にせよ言葉にせよ、思考を覗かれる感じが怖いのだと思います。自意識過剰です。
今は美大で作品を作ることで人に見られる訓練を積んでいるような感じです。正直毎回苦しいしやりたくないです。それでもやっぱり自分なりに良い出来だなと思える絵は人に見せたいし、慣れていくしかないのだなと考えています。

2023/2/16
物を作る時の情熱。

情熱があって情熱をアピール出来る人と、情熱があっても情熱をアピール出来ない人がいる。
アピール出来る人は、やりたいことが見つかったら情熱をアピールして仲間を増やしたりする。アピール出来ない人は、一人でやり始めて、成果物で情熱を表現する。

どちらが良い悪いではないけど、偏りすぎると良くないかもしれない。

私は完全に後者。

2023/3/9
ミニカー改造してて思ったこと。

小さいミスにほとんど動揺しなくなった。
あんまりくよくよ後悔しない。
あっこれは知っておいた方が良い失敗だ。みたいな。

2023/3/13
もしお笑いコンビだったら「ネタを書く方」「ネタを書かない方」のどちらになるかを考える。
言い換えれば「書かずにはいられない方」「書かなくても平気な方」。

どちらかに偏る人もいれば、使い分けられるひともいて。

2023/3/20
小さい頃から人の目線に怖さを感じる。

動物的な恐れというか。

敵意は無くても殺意が出てるときもある、みたいな。本人の意思とは別の意思が目線に表れるような。
目線が苦手な人とは徹底的に距離をとっていた幼少期。今もそんな感じだけど。

人形は人間とそっくりの形をしていても、その動物的な殺意みたいなものが無い。ゼロの状態。(あえてその意思を表現しようとすることもできるけど)

人形の目を怖いと思うか怖くないと思うかは紙一重で。

生身の人間の恐怖を克服するために人形を愛しているのかもしれない。

目線以外にも、体の存在感も重要。その場を占拠する生きた物体。

絵で表現するのは自分はちょっと難しい。立体だからこそ。

2023/3/28
もしかしてこの辛さって、自分を責めてるからじゃね?

今気づいたか。

他に原因ないもんな。

休まないように努力するよりも、休んだ時に自分を責めずに休憩することの方がずっと大事。

2023/3/29
理由のある安心と、理由のない安心。

理由のない安心こそが全てを進められる。


 今回はここまでにします。まだまだあるので次回に。

 読んでくれてありがとうございます。

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