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最強のガンマンが襲ってきました ~小説『ハートレス』#8~

「明日、俺は一日留守にする。夜まで戻らねえ。店の方はおまえに任せたぞ、ボニー」

 ある日の閉店まぎわ、店主が急にそんなことを言い出したのでボニーはびっくりした。

 注文してあった品物が届いたので、ヴァイシャ・タウンまで取りに行かなければならないという。

 ふだんの仕入れは注文書を送るのも品物を受け取るのも鉄道を通して行っている。列車がこのナザレ・タウンに着いたときに、駅に行って車掌に注文書を託したり、届いた品物を受領したりする。ただし今回の品物は特別なもので、業者から直接使い方の説明を受ける必要がある。それで店主が自らヴァイシャまで出向かなければならないというわけだ。

 一日店を任せてくれる、というのは、店主が自分をそれだけ信頼してくれているという証だ。ボニーは感激した。

 とくに、百クレジット以上の高額紙幣が入っているレジスターの鍵まで預けてくれるとなっては、なおさらだ。単なる流れ者の店員に対するものとしては破格の信頼といってもよい。

 ボニーはどんと胸を叩いた。

「まかせといて! あたし、ちゃーんと店を守ってみせるわ。……ん、何よ。その不安そうな顔は。あたしが売上げを持ち逃げするんじゃないかと心配してるの?」

「俺が心配してるのは金のことじゃねえ」

 店主は重々しく答えた。

◇ ◆ ◇

 翌日、ボニーは朝から燃えていた。店主の信頼にこたえようと張り切っていた。開店前の掃除も、がんばっていつもより入念に行った。

 それがいけなかったのだ。

 陳列棚のひとつをうっかり倒してしまい、三百個を越える色とりどりの菓子の箱がなだれのように床に崩れ落ち広がった。

 棚を元の位置に戻し、辺り一面に散らばった菓子の箱を拾い集めるだけでちょっとした大仕事だった。

 幸いにも、開店時刻と同時に店に入ってきた二人連れの女性客が、

「あらあら~。またずいぶん派手にやっちゃったわねー」

と笑いながら箱を棚に戻すのを手伝ってくれたため、それほどひどい事態にはならずに済んだのだが。

 客足の途切れた時間帯。ボニーはふと、表に掲げてある「カズマの店」の看板を磨こうと思い立った。

 倉庫から持ち出してきた脚立を店の正面に立てる。間近に眺める木製の看板は確かに埃まみれだ。ごしごし磨いている途中、通りかかった顔見知りに声をかけられた。挨拶を返そうと振り向いた拍子にバランスを崩し、脚立から落ちそうになった。あわてて看板にしがみつき、落下を免れる。

 だがボニーがつかまった重みのせいで、看板を支えていた金具のひとつが弾け飛んでしまったのだ。

 がたん、と大きな音をたてて、看板は傾いた。

 ボニーは自分に大工としての才能がまったく欠落していることを再確認する羽目になった。

 思いっきりあやしげな、おぼつかない手つきで、金具を店の外壁に釘で打ちつける。

 ハンマーで何度か自分の指を叩いた末、ようやく打ちつけ終えた金具にそーっと看板を乗せてみると、看板はやはり微妙に傾いていた。金具の位置が悪かったのだ。

 店主は曲がった看板をけっして許してくれないだろう。

 どうにかまっすぐと呼べる位置に看板を固定できるまでに、ボニーは五回も金具を打ちつけ直さなければならなかった。

 そんなこんなで半日以上がつぶれてしまった。

 日が傾く頃には、ボニーは疲れ切っていた。自分のドジの後始末に忙殺されていたせいもあるが、やはり『責任を負う』というのは精神的にも疲れることなのだ。店主の下で指示されたことだけやっていればいい時とは、わけが違う。

 閉店近い頃、コッホ先生がいつものようにパンの試作品を持って訪ねてきた。

「食べてみてくれ。これは『キャロットパン』じゃよ」

「何なの、キャロットって?」

「古代地球で栽培されていた野菜の一種らしい。《中央》政府の種保存課へ依頼すれば三世代有効の苗を送ってもらえるんじゃが、わしとしては、このスミルナで手に入る原料だけを使ってその味を再現してみたいと思っておるのじゃ。それが、本来の意味で、古代文化がこの地に根づくということじゃからな。……このパンは、見かけはなかなかうまくできておるよ。さあ、ほら、食べてみてくれんか」

 差し出された丸いパンに、ボニーはさっそくかぶりつき――そして、思いきり顔をしかめた。

「うっわ~……先生、正直に言ってもいい? この味、アウトだよ。人間の食べ物と呼べる領域を越えかかってる。いったい何を使ったのよ、キャロットの代わりに!?」

「ん~? 資料によると、キャロットを用いた料理は、どれも独自の赤橙色を呈しているようなのでな。その色を再現するために、乾燥させたダグルの舌をすり潰したものを混ぜてみたんじゃ」

「えーっ。ダグルの舌なんて、食べ物じゃないじゃん!! ダメだよ先生~、いくら色が似てるからって、食べ物以外のものを使っちゃ……!」

「そうか……まあ、わしも、ちょっと苦すぎるかとは思っておったんじゃがな」

 コッホ先生はあきらめきれないという表情をしていたが、やがて気を取り直したらしく、にっこり笑ってボニーにバスケットの残りを差し出した。

「悪かったの、妙なものを食べさせて。口直しにこれを食べてくれ。おまえさんの好きなマントウだ。今度、商品として売り出すことにしたんじゃよ」

 まだ暖かさの残るパン生地に、旨味たっぷりの肉汁。

 マントウを頬ばったボニーは至上の幸福感を覚えた。

 伝わってくるのはパンの味だけでなくコッホ先生の友情と好意だ。

 やがて太陽が西の地平線に没し、長かった――ボニーにとっては本当に長かった一日が終わった。

 表のドアに『閉店』の札を下ろして、売上げの計算をした。

 計算が合わない。どうしても十クレジット足りないのだ。

「あ・れ~っ? まずいわよ、これは……」

 売上げが足りなかったりしたら、まちがいなく店主にどやされる。下手をすると給料から差し引かれるだろう。あせったボニーは何度も計算をやり直してみた。

 そのとき。不意に店内の灯りが消えた。辺りは真っ暗になった。

 ボニーは、金を数えるというデリケートな作業の途中で邪魔されたことへの怒りの声をあげながら、それでも反射的にカウンターの陰にしゃがみ込んでショットガンを手にとった。裏の倉庫に設置してある発電機の故障だとも考えられなくはないが、発電機はつい先日オーバーホールしたばかりだ。何者かがスイッチを切ったのだと考える方が妥当であろう。

 ボニーのすぐかたわらには、裏口へ通じる狭い通路が口を開けている。彼女は息をひそめてその通路の気配をうかがった――。

 敵は、真正面からやって来た。

 店の入口のドアがばーんと大きな音をたてて開かれる。と同時に凄まじい銃声が店内を揺るがした。

 ボニーのすぐ頭上、カウンターの奥に並べられているリキュールや薬品の壜が、左から順に撃ち抜かれてぱりん、ぱりん、ぱりん……と砕け散った。一つずつ、順番にだ。しかも息つく間もないほどの連続射撃。

 どうやら敵は両手に一丁ずつレイガンを持って撃ちまくっているらしい。乱射に近いペースで撃っているにもかかわらず、一度も狙いを外していないところを見ると、相当の腕前だ。店内の灯りといえば、ブラインドの隙間から漏れ入ってくる月光と近所の商店の照明だけなのだから。――クリヤキンが送り込んできたこれまでのチンピラとは桁が違う。とてつもない、腕利きだ。

 たて続けに壜が砕けるにつれ、ボニーはいやおうなく頭から匂いの強い液体を浴びせられる羽目になってしまった。

 やがて、壜をすべて撃ち尽くして、銃声が止んだ。

 耳がきーんと痛くなるような沈黙が訪れる。

「顔を見せていただけるかしら、店番さん。カウンターの陰にいるんでしょ? ……あたくしと勝負しませんこと?」

 まだ入口の辺りに立っているらしい敵の、のんびりした声が響いた。キュートで甘ったるい女の声だ。

 しかし喋っている内容には甘いところなどまるでない。

「ボスには『殺すな』と言われてるんですけど。この星へ来てからというもの、腕の立つ相手にさっぱり会えなくて、あたくしずっと退屈だったんですの……どうします? かかってこないんなら、こっちから行きますけど?」

 その声を聞いてボニーはしばし呆然とした。

 わが耳が信じられない、というのはまさにこのような場面のことだ。

「あんた……キャンディ!?」

 しばらくの間、店内に沈黙が続いた。

 ややあって、どこか戸惑った様子のキャンディの声が再度響いてきた。

「あら。なんだか、あたくしのよく知ってる子の声にものすご~く似てるように聞こえるんですけど。気のせいかしら?」

「何が『気のせいかしら?』よ。あたしよ、あたし! まったく信じられないわ。あんた、まさかあたしの声を忘れたなんて言わないわよね?」

 また少し沈黙が続いた。相手の困惑が、離れているボニーにも手に取るように伝わってきた。

 再び聞こえてきたキャンディの声には、無理矢理迷いをふり切ろうとしているような、やけにきっぱりした調子が含まれていた。

「いや、まさか。そんなはずありませんわ。こんながさつな喋り方をする子なんて、世の中にいくらでもいますもの。……ねえ。もしも、あなたがあたしの思ってる通りの人間だったら、合言葉を言ってみてくださるかしら」

「あ、合言葉~っ!?」

 ボニーはかっとなった。相棒のあまりの間抜けぶりに我慢も限界を越えそうだった。

 もちろんキャンディとの間で合言葉を決めたことなど一度もない。いきなり押し込んできて銃を乱射したあげく「合言葉を言え」とは、一体どういう了見なのか。

「…………『貧乳』」

 ぼそりとつぶやいた。

 深い無言が店内を満たした。砕けた大量の瓶からこぼれ落ちる液体が、ぽたぽたと床を打つ音だけが流れる。

 長い沈黙の後で響いたのは、キャンディが銃にセイフティをかける音だった。

「合言葉は完璧ですわ、くやしいけど。今度はもうちょっとまともな合言葉を決めておきましょうね」

「っていうか、合言葉が要るような状況を作らないでよ!! あんたアホなの!?」

 ボニーはカウンターの陰から激しく立ち上がった。憤然と、通路から裏口へ向かった。裏の倉庫の発電機のスイッチが案の定オフにされていたので、それをオンに戻し、店内を再び明るく照らす。通路を通って店内へ戻ってきたときの彼女の手には、箒とモップ、それに水の入ったバケツが握られていた。

 ボニーは掃除道具をキャンディに差し出し、きっぱりと言い切った。

「あんた……掃除してってよね。店をこんなにメチャメチャにして。こんなところを見られたら、あたし、ボスに八つ裂きにされちゃうじゃないの」

◇ ◆ ◇

 がちゃがちゃがちゃ、という間の抜けた音をたてながら、カウンターの奥に散乱した壜の破片を箒が掃き集めていく。キャンディの掃除の手つきは、お世辞にも堂に入っているとは言えなかった。床に染み込んだ大量の薬品とアルコールがまじり合って、目がチカチカしてくるほどの濃い臭気を放っている。

「あ。こんな所に十クレジット硬貨が落ちてますわ」

 箒を持つ手を休めて、キャンディが床からコインを拾い上げる。少し離れた所に立って作業を監督しているボニーめがけて、ひょいと投げた。ボニーはコインを受け取って、助かった、と思った。少なくともこれで今日の売上の計算だけは合ったわけだ。

「……見そこなったわ、キャンディ」

「何をですの」

「あんた、用心棒だけじゃなくて殺し屋もやってるんだ? 金のために人を撃って歩くなんて……最低じゃない」

 キャンディは激しくかぶりを振った。

「誤解ですわ、あたくしは殺し屋じゃありません。うちのボスに、目ざわりな雑貨屋をちょいと脅して来いと頼まれたんですの。その雑貨屋のところに、めっぽう腕の立つ店番がいて、ボスの飼ってるチンピラはみんなそいつにやられたと聞いたので……面白そうだな~と思って引き受けたんですわ。毎日あまりにも退屈でしたから。

 勘違いしないでね、ボニー。ボスには殺しはやるなと言われてるんです。あの人、平和主義者だから、殺しの命令が出せないんですの。だから会社でも出世できないんだって、みんな噂してますわ。……あたくしも、お金をもらって人を殺したりしません。さっき『勝負しよう』と言ったのは単なるあたくし個人の趣味です」

 趣味なら人を撃ってもいいの!? とは、ボニーはつっこまなかった。長いつき合いでキャンディの気質はよくわかっていたからだ。

 それよりも、ひとつ気になることがあった。

「もしかして、あんたのボスって、クリヤキンっていう名前だったりする?」

 ボニーの質問に、キャンディは驚愕の表情で応じた。

「知らなかったんですの!? 今さら何を言ってますの。うちの酒場の表に、どでかい看板がかかってるじゃありませんか、『クリヤキンの店』って」

「そ、そうだっけ?」

 ばつが悪くなったボニーは、キャンディの勤めている酒場の外見を記憶の中に探した。看板があったかどうか、どうしても思い出せない。

「気がつかなかったわ。どうせ埃まみれで読めないような看板じゃないの」

「んー? そりゃまあ、あんまりきれいな看板とは言えませんけどねっ」

 しばらくは、キャンディがガラスの破片を掃き集める音ばかりが店内に響く。ボニーは腕組みして考え込んだ。

 要するに、彼女のボスとキャンディのボスとは、宿敵同士だということだ。

 それが自分たちの今後にどういう影響を及ぼすのか、想像することは難しかった。ひょっとすると店主とキャンディが対立して、どちらかが命を落とす事態になるかもしれない。それはなるべくなら避けたい展開だった。

 地元の争いになど関わりを持たず、カタギの市民として平和な暮らしをまっとうしたいと思っていたのに――いやおうなく、この土地争いに対して、自分の立場というものを決めなければならない時が来たようだ。

 ボニーは髪をぐしゃぐしゃとかきむしった。

「う~ん。面倒くさいなぁ」

 作業の手を休めずに、キャンディが顔を上げて尋ねた。

「そう言えば、ボニー。『巡回登記団』って聞いたことあります?」

「ううん、初耳。何なの、それ」

「知らないからあなたに訊いてるんですのよ。うちのボスがこう言ってたんですの、『もうすぐ巡回登記団が来るから、急いでカタをつけなきゃならん』って……それであたくしが今回の仕事に駆り出されたわけ。ボスの子飼いのチンピラ連中に任せておいたんじゃ、いつまでたっても埒があかないからって」

「巡回・登記団、ね……。よくわからないけど、なんだか、いやな響きの言葉ね」

 その瞬間。ちりんちりん、という軽やかな鈴の音とともに表のドアが開き、店主が入ってきた。

 ボニーたちは凍りついた。

「今帰ったぞ。表に荷物が置いてあるから、倉庫へ運ぶのを手伝ってくれねえか……」

 そこまで喋りかけて、店主は、酒や薬品の壜がいっぱい並んでいたはずのカウンター奥の棚が完全に空っぽになっており、おまけに銃痕のため無残に抉られ破壊されていることに、初めて気がついた。そして、しおらしい態度で破片の掃除をしている見知らぬ娘の存在にも。

 店主の眉間に見る見る怒気が集まってくる。店内の空気が不吉に張りつめた。

「……これは一体どういうことだ、ボニー」

 やけに静かな声で、それだけ尋ねた。その静かな口調は罵声よりもはるかに恐ろしいものだった。何度も死線をくぐり抜けてきたボニーたち二人でさえ、恐怖に打ちのめされたほどだ。

 非常にためらいがちに、ボニーは口を開いた。

「えーっと、説明すると長くなるんだけど……簡単に言うと、ここにいるあたしの友達が店内で銃をぶっ放したので、棚に乗ってた壜が全部壊れちゃったの。いろいろと事情があって……」

 キャンディがぺこりと頭を下げ、礼儀正しく自己紹介を始めた。

「あ。カズマさんですか。はじめまして。あたくし、ボニーの友達で、キャンディ・ダビッドソンと申します。クリヤキンさんの所で酒場の用心棒やってますの。今日は、うちのボスに『目ざわりな雑貨屋を脅して来い』と言われて……」

「わーっ、待って、ボス! 撃たないで! この子果てしなくアホだけど悪い子じゃないの……!」

 クリヤキンの名前を聞いた途端、店主がホルスターから銃を抜きそうな気配を見せたので、ボニーはあわてて飛び出してキャンディとの間に割って入った。

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