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出会い ~小説『ハートレス』#1~

「店番を探してるって聞いたんだけど」

 倉庫の入口に立ったボニーは、奥に立つ店主らしい人影に向かって声を張り上げた。

 ナザレ・タウンの町外れにある雑貨屋。そこで新しい店員を募集していると聞いて、さっそく駆けつけたのだ。「接客業なんだから、やっぱり見た目は大事ですわよ。可愛くしていかなくちゃ♡」という相棒のキャンディからの助言を受けて、いつもはボサボサの赤毛のショートカットをきちんと整え、薄化粧もし、キャンディから借りたワンピース(筋肉が目立たなくなる絶妙デザインの服)まで着込んできた。スカートに慣れていない長い脚が、外気にさらされて居心地悪い。

 でも、ボニーにしては上出来のその努力が、効果をあげているかどうかはさっぱりわからない。倉庫の中は、入口近くの天井から吊り下がったランプ以外に光源がなく、奥の方は薄闇に覆われている。店主の姿は闇の中に沈んでいて、表情がまったく見えないのだ。

 しばらく経ってから帰ってきたのは、人間の可聴域の下限をやすりでこするような、低くて底光りのする声だった。

「悪いが、うちじゃ出来たら男に来てもらいたいんだ。力仕事も多いし」

「あっ。あたしっ、力仕事は得意よ。すごく」

 ボニーはぱあっと顔を輝かせた。実は得意どころではない。他の何よりも力仕事に向いていると言っても過言ではない。

「かなり重い物を運んでもらわないといけないんだが? ガニ充填剤の缶とか」

「缶上等。任せて。ほらっ、こんなに、軽々と扱えるんだから。ねっ?」

 性別を理由に断られたのではたまったものじゃない。幸いボニーのすぐ近くにガニ充填剤の缶がいくつか積まれていた。その缶を、ボニーは片手でひょいと持ち上げてみせた。空いた片手で、もう一缶。

「……」

 倉庫の奥で続いた沈黙は、驚愕のあまりの絶句に違いなかった。

 ガニカロチドは比重の大きい特殊ポリマーで、ガニ充填剤の缶は小さいがすさまじい重さだ。屈強な男が全力を出しても、一個を持ち上げて数歩運ぶのが限界。文明圏であればロボットに運搬させる。
 人間が素手で(しかも片手で)ほいほい運ぶような物ではない。普通ならば。

「あのっ、よかったら、もう一缶使ってジャグリングもできるよ。ほんの数十秒だけど。見たい?」

 ボニーは満面の笑みを倉庫の奥に向けた。
 なんとか自分をアピールしたい、雇ってもらいたい、と必死のあまり、自分が常人の枠を踏み越えてしまっていることに気づいていなかった。

「ふむ、その……ジャグリングは要らない。うちはサーカスじゃねえ。……なんて言うか、すごいな、おまえ」

 脱力したような口調の返事が返ってきた。
 ボニーは店主の「すごいな」を文字通りのほめ言葉だと受け取った。やっぱり腕力をアピールしたのは正解だった、と自分に満足した。

「……銃は使えるか?」

 その質問が発せられたのは、ボニーがガニ充填剤の缶を元の位置に積み直している時だった。

 ボニーは顔を上げて相手の表情を探ろうとした。あいかわらず何も見えない。店主の姿はほとんど闇に沈んでいる。

 光の加減で、こちらからは相手がほとんど見えないのに、たぶん相手からこちらの姿はステージに立っているみたいにはっきり見えているのだ。店主はわざとそういう状況を作り出しているのだと、ボニーはその時初めて気づいた。

「もちろん使えるけど。でも……」

 倉庫の高い天井を背景に鈍い銀色の放物線を描いて、何かが回転しながらボニーに向かってゆっくり飛んできた。反射的に受け止めてしまったそれは、連邦軍の制式銃だったゴライアスQX999型レイガン《ネメシス》だ。

「……雑貨屋の店番でしょ? なんで銃が関係あるの?」

 抗議しながらも、ボニーの手はひとりでに動いて、エネルギーカートリッジの装着を確認しセイフティを解除、発射態勢に入る。敵軍の制式銃だが戦場で何度も使ったことがあり、扱いに躊躇はない。

「腕前を見せてくれ」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、店主の方向から、小さな銀色の物体が再び放物線を描いて飛んできた。ボニーの桁外れな動体視力は、それが銀河連邦圏内で流通する一クレジット硬貨であることを見分けた。

 ろくに狙いも定めずに銃を発射。

 硬貨はボニーと店主の中間地点の天井に近い位置で瞬時に炭化し、消えた。

 いっそう暗さを増したように思える倉庫の中で、彼らはしばし無言で向かい合った。

「……いい腕だな。採用だ。明日から来てくれ」

 穏やかな口調で言って、店主が近づいてきた。

 ボニーは銃のセイフティを戻して、店主に乱暴に投げ返した。

「店番なのに、なんで銃の腕前が関係あるのか、まだ説明を聞いてないよ。あたしヤバい仕事はやらないからね。か……か……か弱い女の子なんだからっ!」

 最後まで言い終わらないうちに、自分の言葉に説得力がないと気づき、語尾がしどろもどろになってしまった。

 よく考えてみたら。
 彼女がここへ来てから披露したのは力自慢ぶりと銃の腕前だけだ。
「か弱い」の「か」の字もない。

 店主はボニーの狼狽を気にした様子もなく、淡々と言葉を継いだ。

「おまえの仕事は店の掃除と商品の整理整頓、お客の応対、俺がいない時の留守番。倉庫から商品の補充。あと、たまに配達だ。そう難しい仕事じゃねぇから、すぐに覚えられるだろ。勤務時間は一点鐘から夕方の四点鐘までで、給料は当分一日三十五クレジットだ」

 ボニーから数歩離れた位置で店主が足を止めた。

 ランプの光の届く範囲に入り、初めてまともに判別できるようになった店主の姿を、ボニーはまじまじとみつめた。

 ちょっと意表を突かれるほど長身の、四十がらみの男だ。
 最初に注意を引くのは、とてつもない体格の良さ。全身が見事な筋肉に覆われており、鍛え抜かれた強大な力を秘めていることが見て取れる。
 太い首の上に、岩を刻んで作られたようなごつごつした四角い顔が乗っている。鋭い眼光、堅くひき結ばれた口元には、生まれてこのかた一度も笑ったことなどなさそうな強烈な無愛想さが漂っている。
 短く刈り込まれた剛毛は軍人を思わせる。

 どこからどう見ても、接客業とは最も縁のなさそうな、威圧感あふれるたたずまいだった。

 こんないかつい大男が雑貨屋の店主だなんて、違和感があり過ぎた。

 ――この仕事に応募したことを、後悔しそうな予感が早くもした。それも猛烈に。

 しかしボニーは後に引かない決意を固めていた。自分の好みで仕事を選んでいられる段階はもうとっくに過ぎてしまったのだ。働かなくては食べていけない。だから、やるしかない。ヤバい予感がぷんぷんする勤め先であっても。

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