茉莉花茶の愛

 ごみ、捨てなくちゃあな。

と、三本四本と積み重なったジャスミンティーのペットボトルを見て思う。三日に一度家に遊びにやってくる彼女は必ずジャスミンティーを持ってやってきて、一晩をかけてそれを飲み干し空のペットボトルをテーブルの上に置いて帰る。彼女は僕が起きた時にはもう、空のペットボトルだけになっている。

 三日に一度、彼女はそれ以上のペースを超えることは決してない。ダンシング・ストーンの彼女には帰るべき家があるから、それほど毎日会うことはできないのだ。
「週末だけじゃなく、平日も会いたい」と僕が頼み込むと、彼女はくすりと、(本当にくすり、と)笑って、

「世界にはあなた一人しかいないわけじゃないんだよ」

と言った。僕にはその時、それがひどく悲しいことのように思えた。一週間に一度、ペットボトルごみを出すたびに、今週何度彼女に会えたかを意識する。少ないほど次の週を期待してしまうし、多いと次の週はあまり会えないのかなあと思う。だって世界には僕一人ってわけじゃないのだから。
 朝起きて窓の外の冷たい空気が爽やかに部屋に入ってくる時、僕の世界には僕と、彼女しかいない。そしてそのことはとても幸福なことのように見える。まるで、レストランの一番奥の席が予約してあって、二人が向かい合って座るのをずっと待っているみたいだ。

 鏡を見て、ひどい二日酔いの重たい瞼にがっかりして身だしなみを整える。外に出かける準備をする。甘いオーデコロンを振りまいた頃には僕の世界にはたくさんの人々が入り込んでくる。乾いた教授、笑顔の店員、薄暗い警察官、生気の抜けたような人間たちが僕と彼女の予約席の周りの席を埋め尽くし、閑静なレストランは姦しいファミレスになる。

「次はいつ来られるの? 」と僕はどきどきしながら(彼女に素直に会いたい気持ちを伝えるのはひどく勇気のいることなのだ)聞くと、彼女はもう一度くすりと笑って、

「そうねえ、来られる時に来るよ」と言った。
「世界は、僕だけじゃないもんね」
「そうだよ、君だけじゃないんだよ、世界は」
「あなたの世界に僕しかいなきゃいいのに」
「そしたら、何にもつまらないじゃない」
「そう? 」
「そうだよ」

救急車のサイレンが聞こえた。僕は眠りに落ちる。腕のあたりに柔らかな重みを感じて彼女が布団に潜り込む。この重みを覚えておこう、この香りを覚えておこう、と僕は思った。朝になると彼女は、ジャスミンティーに変身してしまうから。ダンシングストーンを彼女はもらってくれたけれども、彼女の首にそれが光るところは見たことがない。あれは確か夏の終わりだった。

朝起きると僕は寂しさに我慢できなくなって、彼女に連絡する、おはよう。

「おはよう、今朝はとっても寒いから暖かくするんだよ」
「秋の後だからかな? 」
「違うと思う、冬は絶対的なんだよきっと。秋と春は、夏と冬があるからあるだけで、冬は、冬なんだよたぶん」
「じゃあ、今日は、冬だから寒いし、冬だから寂しいのかな」
「また行ける時に行くから」
「うん、じゃあ、またね」
「またね」

今日はペットボトルごみを出す日だった。今週は、一本しかなかった。

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