女子だけの自由なバレンタイン(女子校生だった記録)

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2/14の昼休憩、外周りから戻ると机の一角に沢山の小さなプレゼントが積まれて山となっていた。女性社員達(と、一部の甘党男性社員)からの、チョコの祭典「バレンタインデー」にあやかったお裾分けの山だった。お礼の菓子はデスクの夜食ストックであるキットカット2袋で足りたので安心した。

あまり要領の良くない社畜である私は、昼食と、残業のお供としてカラフルな包装のそれらを有り難く消費し、現在絶賛胸焼け中である。

ふと、女子校生だった頃のバレンタインと比べて、社会人のバレンタインは個包装された「ちゃんとしたチョコ」ばかりなんだなぁと感慨にふけったので、その想いをここに記録してみる。

社会人のバレンタイン

会社には、色んな役割を持った部署があり、チーム毎のタイムスケジュールがある。私はルート営業も新規営業も行う外周りが仕事だもんで、「昨日と同じ時間割で動く日」というものは基本的に無い。

ちなみに、バレンタイン当日にオフィスに戻れるのは今年が初めてだった。午後のアポが流れた結果である。

机の主人が何時戻るのかはっきりしないこともある職場では、きちんとメーカーが消費期限を示して個別に包んだ食品の方が安全だと考えるのは、当然の事。世の中には素敵なデザインが沢山あるんだなぁとワクワクしながら包装を開けて、数年ぶりにお菓子を食事として美味しく頂戴した。

女子校生のバレンタイン

まず女子校には、社会で良妻賢母と成る女性へ教育するタイプのものと、社会を自主的に横断できる女性へ教育するものがあるように感じる。そして私は後者の学校だった。学友達は自己表現が得意な、溌剌とした性質の者が多かったように思う。平たく言えばゴリラばかりだった。

当時そこそこ規則のある女子校の生徒だった私達のバレンタインは、ハロウィンとホワイトデーと並んで、「お菓子パーティが黙認される祭典の日」であった。

当日の昼休みは、いつも持って来ている弁当の代わりに空タッパーを用意し、何となく同輩から始まったお菓子交換会を、先輩後輩達まで範囲を広げて校舎を端から端まで駆け回ったものだ。

中高一貫校であったので、学年が進む毎に増えた顔見知りは共立3年制の学校出身者の比ではないだろうと推測できる。数を用意する必要がある女子校生達は、基本的に手作りの大きなお菓子を丁度良いサイズに切ってタッパーに詰めて持って来ていた。

豪華に生チョコやフォンダンショコラを作る者も居たが、パウンドケーキとクッキーが主流で、変わり種にシリアルバーや生キャラメルを作る猛者もいたのを覚えている。もちろん、既製品を持ってくる生徒も居て、私はその一人だった。歯応えと塩分のある柿の種は大好評でしたな。

ちなみに、文化系同好会を幾つか掛け持ちしていた私が高校2年時(引退直前)に貰ったお菓子の数はギリギリ3桁に届かなかった。用意した煎餅の数は10ダース位だったと記憶している。

変わらない気持ち

量は当然ながら、かける手間暇や思い遣りの種類も違うものになった女子校生と社会人のバレンタインだが、「祭りを共有し、楽しい気持ちをお裾分けする気持ち」は変わらずそこにあって、だからこそ感じた懐かしさと嬉しさをここに留めておきたかった。当時と変わらずに感じる、祭りの後の胸焼けもまた、醍醐味だ。


閲覧ありがとうございました。もしノートを購読して頂ければ、今年のセルフバレンタインのチョコ自慢写真をご覧頂けますので、気になる方がいらっしゃいましたらよろしくお願い致します。

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ひいらぎ

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