白血病

笑顔の白血病ランナー

RUN+TRAIL Vol.31 2018年 6月発売号』に掲載した「白血病発症のち、トレイルランニング〜目標はUTMF完走!」を加筆修正して再掲載します。
この号は「トレイルランで山の魅力再発見」という主テーマがあり、この記事は、奥三河パワートレイルを取り上げた記事の周辺ネタとして組み込まれたものでした。

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 ここに一人、奥三河パワートレイルで苦労したランナーがいる。鈴木直紀さん。2018年9月で50歳を迎えた葬祭関連の卸し問屋の社長でもある。高校生まで“帰宅部”に所属。代表的な運動歴は大学時代の競技自転車部くらいで、マラソン大会に1度も出場したことがない「どこにでもいる普通のおじさん」だ。

 そんな普通のおじさんを取材することになったのは、ゴールデンウィークが終わってほどなくしたある日の編集長からの一本の電話だった。
「山田さん、白血病を患っていながらトレイルを走っている人がいるんですけど、知ってます? 良かったら一緒に会いに行ってみませんか」
 二つ返事で了承し、5月24日に鈴木さんの会社に伺うことになった。

 鈴木さんが転機を迎えたのは、2011年と2016年。その内容は、おいおいご紹介するとして、まずは奥三河を振り返ってもらった。

「スタートした直後、どんどん抜かれたんです。前半中の前半、茶臼岳の下り渋滞にもハマり、下ったエイドでトイレへ。するとスイーパーの人が僕のトイレ終わりを待っていました。あちゃー、最後尾じゃん!って。奥三河は完走率50%くらいと聞いていて、参加者が600名くらいだったので、これから300名も抜かないと完走できない…いやー無理でしょ!!って思ったんですけど、そこからは何人抜いたか、そんなことばかり考えて進んでいました」

 その後も歩みを進めるも関門ギリギリの連続だった。

「何度も何度も現れる偽ピーク、そして急階段、とまったら最後だと自分に言い聞かせて、ひたすら進み、エイドもそそくさと。脚がもってくれたことと、最後まで食べ続けられたおかげで、制限時間20分前にフィニッシュ。石川さんからメダルをかけてもらった時は感動しました」

2つの転機は2011年の『激走モンブラン』と2016年の『献血』

 鈴木さんには目標がある。今年4月に開催されるUTMF(ウルトラトレイル・マウントフジ)を完走することだ。それは、最初の転機2011年にさかのぼる。

「テレビで『激走モンブラン』を観たんです。再放送とかだと思うんですが、鏑木さんが激闘している姿を見て、これやりたい!って思ったんですよね。ただ、僕は飛行機が大嫌いなのでモンブランはムリ。その後、UTMFの存在を知って、いつかチャレンジしたいなって心の中で温めていました」

 とはいえ、すぐに走り始めたわけではない。『激走モンブラン』から5年あまりたった2016年春先、2つ目の転機が訪れる。献血だ。

「免停講習のために運転免許試験場に行った時、そこに献血車が止まっていたんです。別に献血好きでもないんですけど、ふと思い立って。ところが、少量の採血検査と軽い問診を受けた後、『献血できません!』と言われたんです。何やらヘモグロビンの値が異常だと。なんか悔しくって、その年の6月に常設された献血ルームへ行きました。さすがは常設!設備が立派だなー!とか呑気に構えていたら、担当の看護士さんの顔色がよろしくない。そして言うんですよ『献血できません』って。え?また? なんでなの??と頭の中で「?」がたくさん踊っていると看護師さんが説明を始めました。ヘモグロビンだけでなく、白血球の数値が通常の100倍近い値を示していて、『明日必ず病院に行ってください。必ずですよっ!』とめっちゃ真剣な眼差しで言うんですよ」

 大袈裟な!と思う自分もいながら、看護師さんの真剣な眼差しが忘れられなかった鈴木さんは翌日に病院に出向く。診断結果は「慢性骨髄性白血病」だった。

<白血病について>
白血病は血液のがんと呼ばれる。血液細胞には赤血球、血小板、白血球があり、これらの血液細胞は骨髄で作られ、その過程で、がん化した細胞(白血病細胞)は、骨髄内で増殖し、骨髄を占拠。そのため、正常な血液細胞が減少し、貧血、免疫系のはたらきの低下、出血傾向、脾臓(血液を貯蔵しておく臓器)の肥大などの症状があらわれる。
白血病は、「骨髄性」と「リンパ性」に分けられ、さらに病気の進行パターンや症状から「急性」と「慢性」に分けられる。鈴木さんはこの中で慢性骨髄性白血病(CML: chronic myelogenous leukemia)に当たる。

「診察室に呼ばれたら病名を率直に伝えられました。一方で『今はいい薬が出ていますので“10年生存率9割以上”です。心配しなくても大丈夫ですよ』って。楽天的な私は、なぁんだ大丈夫じゃん!と納得して、さして深刻にならずに午後から仕事していました。その日、家に帰って妻に診断結果を話すと、医療関係の仕事をしていた妻も『心配しなくても大丈夫よ』とあっけらかんと言うんです。こんなこともあって、何も変わらず生活しています。

 白血病、つまり血液のガンですね!とさらりと言う鈴木さん。シリアスな話題のため気を使うこちらに対して、実にあっさりしていた。このあたりから僕の取材トーンは変わっていく。
 白血病に対する情報が薄い僕にとって(そりゃ、そうだ。身近にいないのだもの)、重病や大病を患った人特有の開き直りのような明るさや、事実を受け止め達観したかのような落ち着きとも違う、鈴木さんのあっさり感や笑顔は元来の持ち物なのだろう。じゃあ、ズバズバ聞いてしまおう!とこちらもギアを変え始めた。

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