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災害とトレイルランニング〜京都一周トレイルを守れ!

RUN+TRAIL Vol.31 / 2018年10月発売号』で掲載した「RUN TOMORROW 京都一周を守れ!」の内容を加筆・修正を加えて再掲します。

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『日本は災害列島』そう呼ばれて久しい。特に2018年は、年明けの豪雪から始まり、夏の西日本水害、2つの大型台風、北海道胆振地方の地震など、立て続けに自然災害に見舞われました。山野をフィールドにするトレイルランニングというアウトドアスポーツは、災害とは切れない関係にあります。そのとき、このスポーツに親しむ私たちは、自然の猛威にただ立ち尽くすだけなのでしょうか? そこで、京都を事例に『災害とトレイルランニング』のあり方を考えてみました。

 日本を代表する観光地・京都市は、馬蹄型した山々にぐるっと囲まれている。その名も『*京都一周トレイル®』(以下、一周トレイル)。その東側で25年も続くトレイル大会『東山三十六峰マウンテンマラソン』(以下、三十六峰)の実行委員長・木村克己さんと、京都府山岳連盟の竹内光雄さん、そして、トレイルランナーたちで立ち上げたNPO法人KyotoWoodsの代表・中川政寿さんの3人に会うために京都へ向かった。
*『京都一周トレイル®』は「京都一周トレイル会」の登録商標です。

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東山三十六峰マウンテンマラソン中止のワケ
 12月9日に予定されていた『三十六峰』の実行委員会は10月1日、開催2ヶ月も前に中止を発表した。25年目にして初めての中止だった。木村さんはその理由を話す。

「中止の理由は大きく2つです。1つは、9月の2つの台風、特に21号の影響で京都のトレイルは壊滅的な被害を受け、大会開催の目処が立たないこと。そして、周辺住民への配慮です」

 国内において“非常に大きい”台風の上陸として25年ぶりとなった台風21号は、水没した関西国際空港の58.1mをはじめ、全国927のうち、100ほどの観測点で観測史上最大の瞬間最大風速を記録し、その爪痕は、一周トレイルでも例外ではなかった。

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「台風21号が通過して、実行委員メンバーでトレイルに入りましたが、その被害の大きさに言葉を失いました。このままでは、大会当日に選手の安全を確保することは、かなり困難であると感じました」(木村)

 しかし、マンパワーを使って整備をすることも考えられた。大会開催まで2ヶ月以上あったからだ。木村さんは、開催に向けて比較的被害の小さいトレイルを使ったコース変更案や、短縮コースを用意して、実行委員会のミーティングに向かった。

「京都のトレイルも、さまざまな地権者がいます。大会コースだけではなく周辺の住宅街でも多くの被害を受け、懸命な復旧作業がおこなわれていることを考えると、大会目線の考えは、皆さんの理解を得られず、かえって、反発を招くのではないかという懸念が考えられました」

 JR京都駅から地下鉄で北へわずか15分、駅に降り立つとそこが三十六峰のスタート地点だ。この地理的距離感が一周トレイルの大きな特徴であるからこそ、「社会に応援されてこその大会」とする木村さんらの思いは、地元の理解と協力で成り立つ。山から降りるとそこには約150万人が暮らす。

「多くの大会と同じように、募集要項には“参加費の返金はなし”と記載していますが、運営事務コストを差し引いた額を参加者に返金することにしました。トレイル整備など災害復興に使わせて頂く案もありましたけど、参加者が等しく同じ考えとは限りませんから」

 こうして、25年目にして初めて、三十六峰は中止となった。

京都の山を支えてきた京都府山岳連盟の役割
 甚大な被害を受けた一周トレイルは、西山(清滝~上桂)、北山西部(鞍馬、二ノ瀬~清滝)、北山東部(比叡山山頂~鞍馬、二ノ瀬)、東山(伏見稲荷~比叡山頂)、京北(細野~山国~熊田~細野、山国~黒田)の5つのエリアからなり、全長132kmにも及ぶ。
 「100%全て把握しているわけではないですが」と前置きした上で、活動状況を話してくれたのは、長年京都の山を見守り続けている京都府山岳連盟(以下、岳連)の竹内光雄さんだ。

「平安遷都1200年記念事業の一環として、京都市が主導となって考案されたのが『京都一周トレイル構想』です。京都市の産業観光局観光MICE推進室の下に「京都一周トレイル会」を作り、その構想を実現するべく調査を依頼されたのが我々です。我々は早速岳連内に『トレイル委員会』を立ち上げ、市の受託事業として推進し始めました。それが1993年のことです」

※「京都一周トレイル会」
京都市を、京都府山岳連盟、京阪電気鉄道、阪急電鉄、西日本ジェイアールバス、京都市交通局、京都大阪森林管理事務所、京北自治振興会、京都市観光協会

 竹内さんは現委員長に当たる。おおよそ70%は被害を受け、倒木、崖崩れといったこれほどまで広範囲で大きな被害は、京都の山と50年向き合ってきた竹内さんでも例を見ないほどだった。

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「一周トレイルは、里山とも言える低山が連なり、市街地からも近く、子供でも障害者でも親しめる観光型トレイルを目指しています。これから大変です。どうやって取り戻すのか……」

 ここで大きな壁が立ちはだかる。まずは2つの受託内容に制限があることだ。

「正確に申しますと、京都市や京都市観光協会、そして各電鉄企業などから組織された『京都一周トレイル会』から2つの実務を受託しています。それはコースの『保守』と『パトロール』です。普段、パトロールとしてトレイルに入りますが、ノコギリや斧など手持ちの道具しか使えず、大きな倒木を切るためのチェーンソーや重機のような機材は使えません。今回の台風被害のように、大木が横倒しになっていても、手ノコじゃ太刀打ちできない。そういう時は、大木の上をまたがせたり、迂回ルートを作るなどでしか対応できません」

 そして、もうひとつ大きな課題があった。それは岳連内の高齢化だ。

「主たる活動は、定年退職後のメンバーがほとんどです。私も70歳でして、60歳から65歳に、今後は70歳と定年が延長されていくのが社会の動向でしょ。岳連の高齢化はますます避けられないわけでして、受託している『保守』も『パトロール』も年々厳しくなっているのが現状なのです」


トレイルランナーは救世主になれるのか?
 社会事情に比例して、岳連も超高齢化の波は避けられなかった。そんな中、竹内さんらからすると孫のような年齢の若者が現れる。「中川くんから話を聞いたとき、それは嬉しかったですよ(笑)」と話す中川くんとは、“スッシー”の名で知られる中川政寿さん。京都のトレイルを中心にトレイルランニングの普及活動を続けるトレイルランナーだ。

「京都のトレイルをフィールドにして8年くらいでしょうか。あるとき気がついたんです。いつもキレイで走りやすいこのトレイルは、人知れず誰かがいつもメンテナンスをしていると。その上で、こうして遊ばせてもらっているんだよなって」

 スッシーはある日、オレンジのヘルメットをかぶり、トレイル上で作業をする一団と出くわす。岳連のトレイル委員会の人たちだ。

「何しているんですか〜?みたいに話しかけたと思います(笑)。『いつもご苦労様です』と声かけするうち、僕もトレイル整備をして貢献したいという気持ちが自然と芽生えてきて、一緒に手伝わせてください!って伝えたんです」

 竹内さんが「嬉しかった」と思った瞬間だった。しかし、「じゃあ、一緒にやろう!」とすんなりとはいかない“お家事情”が顔を覗かせる。

「保守やパトロールをするとき、何かあった時のために保険に入る必要もあってね、予算の確保や道具の補充、他のメンバーへの説明など、岳連内としてもクリアしないといけない事項がありました。そして何より、たまの1回とか、お客さんとしてじゃなく、やるんだったらトレイル委員会の中に入ってもらう必要がありました」(竹内)

 スッシーは、岳連の条件を受け入れ、8名を引き連れて加入した。それが今年の春だった。先の台風を受けて、スッシーたちは早速活躍しはじめる。

「台風が過ぎ去ったあと、トレイルが今どういう状況かを把握しなきゃならなかった。私たちだったら丸1日かかるようなトレイルでも、彼らなら数時間で行っちゃうんですよ!」

 竹内さんはそう言って目を細めた。

これからの京都一周トレイル
 本来であれば『東山三十六峰マウンテンマラソン』が開かれるはずだった12月9日に向けて、36峰を主催する京都トライアスロンクラブと京都府オリエンテーリング協会、京都府山岳連盟、スッシーたちトレイルランナー、数多くの京都のトレイルコミュニティや店舗など、横断的な協力で新たなイベント『京都トレイルクリーンDAY』が立ち上がる話が生まれた。

 しかし、行楽シーズンを迎える直前、コース上で道迷いが発生し,救助案件が急増していると京都府警から市に報告があり、問い合わせがあれば入山を控えるアナウンスをしてほしいと市から山岳連盟に届いたようだ。

「京都発信として、山を歩く人、山を走る人、日常走る人、貢献心の高い人たち協同のイベントを開催したいと思っています。ただ、状況が刻一刻と変わっていくため、関係者と連携して情報収集をしていこうと思います」(木村)
「まずは、一日も早く正常なトレイルを取り戻すことが我々の使命です。その上で、長年のノウハウとネットワークを持った岳連として、若者たちが京都のトレイルに関わりを持とうとしている動きは、素直にありがたく、できる限り協力していくつもりです」(竹内)
「いろいろ課題があることは承知しています。でもね、トレイルランナーだからできることとして、トレイルに恩返しできる仕組み作りをしていきたいです」(スッシー)

 災害というネガティブな状況をポジティブに変えていく新しい動きは、取材時、産声をあげたばかりだった。発案されたクリーンDAYをはじめとした『京都モデル』の動きを今後も注視していきたい。

 最近の京都トレイルの動向について、そしてトレイルランナーができることについて、KyotoWoodsの代表・中川政寿さんは、Facebookを通じて、こう話している(以下、抜粋)。

トレイルランナーに出来ることとは。
今出来ないことに対してKyotoWoodsがお力添えすべきこととは。
ぼくらの存在意義とは。
(中略)
今回の台風でトレイルランナーだけでなくハイカー、地域住民の方々も素晴らしい自然財産を維持するために出来ることはないかと模索しはじめる良い機会になったのではないかと思います。

【今回の】台風被害に対して出来ることと限定的に考えるのは止めます。
【今回の】被害ではなく今後も続いていく、悪化し続けるかもしれない被害だという認識を持った方がよいかもしれません。持続的な活動、継続的に【出来ること】をしていくことが必要ではないかと思います。

単発で大きく動く活動ではなく、個人的にコツコツやる活動が大きな力になると思います。大文字山で毎日ゴミ拾いをしながら大文字山の植生を愛でているハイカーがいます。舟山に毎朝登りながらトレイルに落ちている枝を脇によけているハイカーがいます。

何か大きな出来ることを【探す】のではなく、【今ある】出来ることをする。または発信することが僕らの使命ではないかと思います。
もう一つ
持続的なボランティア活動に必要なものがあります。何が出来るかへの探求心です。アウトドアフィールドで遊ぶ僕らだからこそ情熱を持てる、普段から山に入っているから気付くことができる。貢献したいと思えば探求心が出てくる、目的意識があれば出来ること出来ないことが見えてくる。トレイルランニングをするという活動を編集する。編集するための素材をKyotoWoodsが提供出来れば嬉しいです。
KyotoWoods 中川




取材時、自分の目で見ておきたいと思った私は、10kmほどだが東山トレイルに入った。そのときの数々の倒木に驚いたことは事実だが、一つのことに気が付いた。倒れているのが杉が多いことだった。

ここでピンとくる方もいることだろう。そう。杉林はつまり人工林だ。全被害を見たわけではないため断言できないが、自然林は比較的被害が少なく、人工林は軒並み倒れている印象があった。それを察したのか、案内してくれた方がこう言った。

「人間が手入れを怠った人工林を、台風という自然が間引きをしてくれたのかもしれない。この被害状況を見ると、必ずしも"自然災害"と言い切れない気持ちになる」

京都一周トレイルの整備は着々と進んでいる。しかし、全長132kmもの長さには時間がかかる。マンパワーも必要となる一方で、制約もある。もし、京都一周トレイル上でオレンジ色のヘルメットをかぶった人を見かけたらひと声かけてあげて欲しい。それは、山を守る京都府山岳連盟の人たちだ。

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