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【観劇記録】舞台『モンスター・コールズ』初日公演 PARCO劇場


2023年11月にPARCO劇場に『月とシネマ』を観に行った際、ロビーのラックにあった『モンスター・コールズ』のチラシが目に留まった。
仮チラシだったが、青い木のイラストがどこかおどろおどろしく、“モンスターは真夜中すぎにやってくる”というコピーも興味が湧いた。ハートフルな話やポップな話よりもダークな作品のほうが好みなのと、出演者に名女優の銀粉蝶氏が名を連ねていたことで、「これは初日に観よう」とその場で心に決めた。

舞台『モンスター・コールズ』は、イギリスの作家パトリック・ネスによる小説『A Monster Calls』(邦題:怪物はささやく、2011年出版)が原作である。
イギリスで最も権威ある児童文学賞といわれているカーネギー賞(現:カーネギー作家賞)とケイト・グリーナウェイ賞(現:カーネギー画家賞)を、史上初めてダブル受賞したベストセラー小説だ。癌のため47歳でこの世を去ったカーネギー賞作家シヴォーン・ダウドの遺したアイディアを、パトリック・ネスが引き継いで完成させたのだという。
2016年には映画化され、スペインのアカデミー賞として名高いゴヤ賞にて、年度最多の9部門にて受賞をした。日本でも公開されており、世界的に高い評価を得ている。

舞台『モンスター・コールズ』を観劇するにあたり、映画を観た。
ダークファンタジーというカテゴリーの通りの不可思議で幻想的な映像表現による空想と、現実を生きる少年が喪失の予感を抱えながら過ごすどうしようもない苦しみの日常がどちらも展開される。怪物に関わるシーンではCGが使用されているが、無機質な感じはあまりしない。後から知ったが、怪物は実物のパーツとCGを組み合わせて表現されているそうだ。
原作は未読だが、一本の映画として過不足がなく良く出来ている印象で、なによりも、主人公のコナー・オマニーを演じるルイス・マクドゥーガルの芝居が素晴らしかった。

舞台化もされ、2018年にイギリスのThe Old Vicにて初演された。実は2020年には日本での上演を予定していたそうだが、新型コロナウィルスの影響で断念されたという。2022年にはイギリスのロンドンとブリストル、アメリカのワシントンにて上演された。2024年、やっと日本人キャストでの日本初上演を迎えたのである。

日本の舞台版でコナー役を演じるのは、アイドルグループ“SexyZone”(改名前の名称)の佐藤勝利である。
佐藤氏の芝居は、ドラマ『赤いナースコール』(2022年7月〜9月、テレビ東京系)や、『青野くんに触りたいから死にたい』(2022年3月〜5月、WOWWOWプライム)で観たことがあったが、失礼を承知で、正直なところ「大根役者だな」という印象を持っていた。棒読み感があるというか。気を悪くされる方がいるかもしれないが、あくまで筆者個人の感覚であるのでご容赦願いたい。

コナーは13歳の少年だ。それも、押し潰されそうなほどに哀しみや孤独ややるせなさを抱えた。その彼の繊細な感情の機微を、佐藤氏に表現できるだろうか、と思った。

また、映画を観た後に、イギリス版の舞台映像が観たいと思い探したところ短いダイジェスト映像が見つかったのだが、それが筆者の予想とは随分と異なるものであった。作り込まれた美術セットや衣装、大掛かりな舞台装置があるのかと思いきや全くの真逆で、セットと呼べるようなものは吊り下げられたロープのみ。その他には椅子と小道具、少しの映像を使い、キャスト全員が登場人物にも時に黒子のようにもなり物語や風景を展開させていく。
「この演出は、この作品の表現がどう繰り広げられ五感でめいっぱい感じられるかを期待した日本人に受け入れられるのはもしや難しいのでは」と思った。日本版は違う演出で見たいなと個人的には思っていた。
また、セットがシンプルな分チケットの価格と釣り合いが取れるのかも疑問であった(イギリスチームの交通費や滞在費が発生することも大きいかもしれないが。これは経費の実状がわからないのでなんとも言えない)。



2024年2月10日。

1階K列センターの座席より観劇した。

ステージ上に作り込まれた美術セットはやはりなく、「あぁ、やっぱりセットはロープのみなのだな、身体的な表現がメインとなるのかな」と思い、観劇を楽しむというよりもイギリス版の演出を日本人キャストがどう作り上げたのかを確認しようという心持ちになった。


まず思ったのが、役者がみな発声も良く台詞回しも上手いなということ。
モンスター役の山内圭哉、母親役の瀬奈じゅん、父親役の葛山信吾、祖母役の銀粉蝶といった経験豊富なベテラン陣はもちろん、コナーのクラスメイト役の大津夕陽、倉知あゆか、池田実桜が、エネルギッシュで動きも堂々としておりよかった。
まさに老若男女の役者が出演しているが、年齢性別問わず、ロープや椅子を使った表現にそれぞれが従事している。みな身体表現が丁寧だ。一人でも欠けると成立しない。
人間一人一人が舞台装置なのだ。

ロープを引っ張ったり巻き付けたりして、イチイの木を出現させたり、物語の中の幻想的な力や流れを表したりする。
コナーと祖母が車に乗る場面ではロープをシートベルトに見立てていたのだが、終盤に母親の病院へ急ぐ場面ではシートベルトはされなかったのが印象的だった。締める一瞬すら惜しむほど急を要しており焦っていたことの表現だろう。

ただ、原作を読んだり映画を観たりして、作品の壮大なダークファンタジーの表現を豪華な美術セットで見られることを期待していると、この演出は物足りなさを覚えるのも事実ではある。逆に、原作にも映画にも触れない状態で舞台を観ると、話の流れがわかりにくい部分があるかもしれない。
とはいえ、ひとつの表現として面白い。動きも計算されている。アーティスティックでコンテンポラリー。日本人の嗜好には合う合わないの個人差が大きいように思うが、海外で高評価であったことは理解ができた。“日本版は違う演出で見たいなと個人的には思っていた”と述べたが、イギリス版のままの演出で見られてよかったと今は思っている。


主演である佐藤勝利氏の芝居について記していきたい。
ドラマでの芝居を観た印象は先述のとおりである。
結論から言うと、『モンスター・コールズ』でのコナー・オマニーとしての彼は、とてもよかった。
イギリス版の舞台映像を見る限り、“見た目が13歳に見えるかどうか”ということは実はこの舞台作品においてはさほど重要ではないのかもしれないと感じたが、とはいえまず見た目に違和感がない。逆に、「見た目だけ違和感がなくても、芝居で13歳の心の機微を表現できないのでは意味がない」と思っていたのだが、本作は佐藤氏のその表現にこそ見応えがあった。

映画版でコナー役を演じたルイス・マクドゥーガルの演技は素晴らしいもので、特に鬱屈した目がよいのだが、佐藤氏の目にも同じ印象を抱いた。
ルイスは11歳の時に病気で母親を亡くしており、インタビューで、「その経験があったからこそ、コナーの感情を十分に理解できたし彼の行動にも共感できた」と語ったそうだ。佐藤氏も20歳の時に父親を亡くしており、その経験もあってコナーに対して芯から理解ができたのかもしれない。
幼いゆえの清さと抑圧された孤独な哀しい澱みが共存した目をしていた。
また、現実のシーンと、それに切り替わる前の朧げなシーンでの目の変化も巧みであった。後述の場面では彼は瞬きをあまりしていなかったように思う。瞳の揺らぎに、13歳の少年の人生の混乱や恐怖と、ダークファンタジーとしての世界観をしっかりと映し出していた。

終盤、崖から落ちそうな母親の手を離してしまったシーン、セットがチープに感じたのと演出としてもうすこし逼迫した感じがあったほうがいいとは思ったが、ここからのモンスターとコナーのやりとり、山内氏と佐藤氏の芝居によるエネルギーのぶつかり合いもよかった。

佐藤氏は、13歳の少年の鬱屈した表情、やりきれなさ、苛立ちに焦り、哀しみと諦観、それを身体中に取り込んで循環させているようだった。そしてそれらを放出する芝居も、(おそらく自身の記憶と重ねることで)より深く濃くコナーの感情を煮立たせたうえで、くるしみという魂の塊を産むかのように吐き出しており胸打つものだった。
『モンスター・コールズ』、この作品はコナー・オマニーの物語でもあり、また、役者・佐藤勝利の、彼の物語だった。


最後にモンスターからコナーに対しての慈愛の空気が出ていたこともよかった。山内氏の絶妙な塩梅が見事であった。

気になったのは、瀬奈じゅん氏の顔色や肌艶がよいために、どうしても病人には見えないことで、二幕だけでもメイクでもう少しやつれさせるといいのではと思ったりした。
また、コナーが母親を恋しく思う気持ちや喪失感に対する抵抗がより強く伝わるように、序盤にコナーへの母親の無償の愛情がもっとわかりやすく見えるといいと感じた。
それから、教師役の半澤友美氏の芝居が多少力みすぎている印象があった。見ていて不安になるような力加減で、実際にコナーとのやりとりの場面で台詞がとんだなとわかる箇所があった(佐藤氏が次の台詞を言って進めていたが不自然さは若干残っていた)。ミスをミスとわからぬようにカバーできればよりよいが、これからに期待したい。


カーテンコールでは、イギリス版のチームもステージに上がり、出演者と手をつないで笑顔を見せていた。みな充実した顔をしており、日本での上演初日が無事に成功したことに喜んでいた。コロナ禍で舞台演劇が苦境に立たされたのは世界共通である。4年を経て、今、佐藤氏をはじめとする日本の老若男女の役者陣がイギリスの制作陣とともに作り上げた『モンスター・コールズ』という物語に触れられたことは、観客としても喜ばしいなと思う。


■Information

『モンスター・コールズ』

【東京公演】
■公演日程
2024年2月10日(土) ~ 2024年3月3日(日)

■会場
PARCO劇場

■料金 (全席指定・税込)
14,000円
U-18 チケット:9,000円

■上演時間
約2時間35分(休憩20分含む)

■当日券
公演当日朝9:30より電話予約受付
[当日券予約専用ダイヤル]0570-04-8966


【大阪公演】
■公演日程
2024年3月8日(金) ~ 2024年3月17日(日)

■会場
COOL JAPAN PARK OSAKA WWホール

■料金 (全席指定・税込)
14,000円
U-18 チケット:9,000円

■問合せ先
キョードーインフォメーション 0570-200-888 (11:00~18:00※日祝休業)


【原作】
パトリック・ネス
【原案】
シヴォーン・ダウド
【脚色】
サリー・クックソン、アダム・ペック、オリジナル・カンパニー
【演出】
サリー・クックソン
【翻訳】
常田景子
【出演】
佐藤勝利 山内圭哉 瀬奈じゅん 葛山信吾 銀粉蝶
/半澤友美 高橋良輔 大津夕陽 森川大輝 倉知あゆか 池田実桜

【公式HP】
https://stage.parco.jp/program/amc

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