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悔しいもんは悔しい。


短い短いエッセイをいくつか書きました。
ショート動画見るくらいの時間で読めると思いますので暇つぶしにどうぞ。


悔しいもんは悔しい

これはいける!と手ごたえ120%だったものがさっぱり評価されず、空振り三振。悔しくて悔しくて、ここはひとつうどんでも食べて麺のもっちりむちむちな食感に全神経を集中させることによってこの悔しさも噛み切ってしまおうとうどん屋に入ったが、噛めば噛むほど悔しさがふくらんでいった。昔から「今ここ」が苦手で、わたしの頭の中はいつも、終わったことへの後悔や未来への焦りでいっぱいである。「今この麺」に集中することさえできない。まあ、おいしいのはおいしかったけど。悔しいもんは悔しい。

踏みしめられてなお

散った桜の花びらが踏みしめられて、それでもなお美しいので、しばらく下を向いたままそこに立っていた。満開だった日は、夫と歩いた。今日はなんとなく、ひとりでよかったと思った。

令和の小学生と平成の小学生

電車で正面に座った小学生のスマホから音楽がだだ漏れている。イヤホンちゃんと繋げてないだろ…恥ずかしいやつじゃん…わたしも経験あるよ、教えてあげた方がいいかな…と思い本人の顔を見ると、そもそもイヤホンをつけてなかった。そうか、彼は自らの意思で音を流して動画を見ていたのか。令和の小学生と平成の小学生だった人間の価値観には大きな隔たりがあるようだ。


「落ち込まなくていいわよ」

年上の女性に、「望月さん、今日のこと落ち込まなくていいわよ」と肩を叩かれ、そうかあれは客観的に見て落ち込むようなできごとだったんだ…??と気づいてショックを受けている。気にしいなわたしとしては珍しく、さほど気にしていなかったのに、人が良かれと思ってかけてくれた言葉で落ち込みスイッチがバチンと入ってしまった。あ~ややこし。


もしもスプーンを拾ったら

人がうじゃうじゃいる駅を歩いていたら、近くを歩いていた真面目そうなサラリーマン男性の足元で、チャリンと高い音が鳴る。小銭を落としたんだろうかと思ったが、どうやら男性は足元に落ちていたスプーンを蹴ってしまったようである。男性はそのスプーンを一度手で拾ったので、これは人間性が表れる場面だ…どうするだろうと思って見ていたら、やや動揺した顔で元落ちていた場所から数十センチくらいの場所に置き直していた。床に戻すんかい、と思ったが、確かにスプーンをどこかに届けるのもゴミ箱に捨てるのもしっくりこない。落ちていた場所から少しずらしたのは、なるべく壁際で人が踏まないようにという男性の優しさだったんだろう。わたしなら、いやわたしでも、同じようにしたかもなあ。


例えば会社に出戻る日

出戻り社員を歓迎する会社が増えていると記事で読んだ。そういや、以前勤めていた会社にもその制度があって、実際に出戻りで働いている人も結構いると聞いたっけ。わたしが戻りたいと思う日は来るだろうか。今は考えられないけれど、例えばもしもわたしひとりの力で家計を支えなければならない状況になったとしたら、より安定して確実な方法として、その会社を受け直すようなこともあるかもしれない(受かるかどうかは別)。昔は、「これはありえない」「そんな道はない」とそもそも決めてかかるようなところがあったけど、どんな道も可能性は0ではないよなと、人生の小波を経た今思う。保険は多いほうが穏やかでいられるし、選択肢は多い方がきっとたのしい。



おわり

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