見出し画像

プロの仕事に出会ったとき、いつも感じること。


みなさんは包丁を研いだ(もしくは研いでもらった)ことが、あるだろうか?

恥を忍んで言う。わたしはこれまで一度もなかった。まあまあ長かった一人暮らしの間も、結婚してからも、一度も。酸いも甘いもなんでもかんでも一本の包丁で切り続けてきた結果、切れ味はどんどん悪くなった。刃の鋭さですぱん!はなく、力を加えることでなんとかぐににににと切る感覚。でも、こんなもんだろうとも思っていた。

そんなわたしが先日、散歩中にとあるスーパーの前で【包丁研ぎます】という看板を見つけた。1本700円。10分ほどで終わるらしい。ちなみに今月の出店はこの日だけ。

近づいてみると、見るからに職人のおじいちゃんがひとり。「切れなくてイライラしてませんか?そのストレスがなくなりますよ」「玉ねぎを切っても目がしみなくなりますよ」。まじか。わたしのインサイトをぐりぐり突いて、ベネフィットを見事に訴求してくるタイプの職人さんである。

わたしはこのおじいちゃんに包丁を委ねると決め、家に包丁を取りに帰った。しかしここでわたしの脳裏にある5文字が浮かんだ。

「銃刀法違反」

わたしはかなりの心配性で、中でも「自分が知らず知らずのうちに罪を犯していたらどうしよう」という不安に日々怯えている。わからない人にはほんとにわからない話だと思う。

ネットで調べまくると、「正当な理由なく」刃物を所持することは禁止されているとわかる。これは、正当な理由に当たるのか。当たるだろう。とはいえ、携帯の方法には細心の注意を払わねばならない。人を怪我させるようなことがあったら大変だ。あるサイトを見ると、「鍵付きの専用ケースを使用する」とある。まったく持ってない。「包丁をさやに入れてカバーする」という情報もでてきたが、今から買いに行ってたら、敏腕職人(のはず)のおじいちゃんが帰ってしまう。

わたしは、新聞紙にくるみ、さらにタオルでくるみ、我が家にあるいちばん丈夫なチャック付きのバッグに入れて持ち運ぶことを決意した。

とてもドキドキする。歩いて15分ほど。誰にも奪われないよう、転けたりしないよう、強くバッグを握り、一歩一歩踏みしめながら歩く。こんなときに限ってパトカーが通ってキョロキョロしてしまう。絶対に転けてはならない歩道橋、油断できない横断歩道。職人のおじいちゃんに包丁を無事に手渡した瞬間はとてもほっとした。

おじいちゃんは「10分でできるから、その頃取りに来て」と言った。わたしはその仕事ぶりをこの目で見たかったので、「わかりました」と言いつつそのあたりに残ろうとしたのだが、再度「10分後に戻ってきて」と念を押され、もしかしたらこのおじいちゃんはわたしと同じで「人に見られるとパフォーマンスが落ちる」タイプの人間かもしれないと思い、スーパーの中で時間をつぶすことにした。


10分後。約束通り、おじいちゃんはわたしの包丁をピカピカに仕上げてくれていた。「しっかり研いどいたよ〜」とおじいちゃんは笑った。

帰宅し、どんなもんだろうと思いながら、玉ねぎを切ってみる。すると、なんだこれは。わたしの手が、まるで料理の鉄人のようである。軽く力を入れただけで、とんとん…とまな板に当たる音がする。買ったときはこんなだったっけ、いやもしかしたら新品だった日を超えているかもしれない。

たのしくなってきて、切りがいがあるかどうかで献立を決めるようになってしまった。

小粋なイタリアンの店で
出てきそうな薄さにトマトをスライス
むだに薄切りした巻き寿司。
個数が倍増したことにより
お得感が得られる
サーモン本人も
こんなに薄くなるなんて
驚いているかもしれないなあ


ここに、なんでも薄切り女が爆誕した。


やっぱりあのおじいちゃんは、敏腕職人さんだった。

プロの仕事に出会うと、「これってこういうものだったのか」という驚きがある。ちょっと概念がくつがえるような。初めてホールでピアニストさんの演奏を聴いたとき、ピアノってこういうものなのか!と心が震えたし、家でしか食べたことのなかった麻婆豆腐を老舗の中華料理屋さんで食べたときは、こんなにおいしいものだったのか…と衝撃を受けた。さくらももこさんのエッセイに出会ったときに感じた、エッセイってこんなにおもしろいものなのか!という感動は今もとても大切にしている。わたしはこの日思った。包丁ってこういうものだったのか。あのおじいちゃんは、きっと何十年も一心に包丁を研ぎ続けてきたのだろう。

まちがいなく、プロの仕事だった。


おわり

いただいたサポートは、なにかたのしい経験に変えて、記事を書くことに使います!