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原因と結果の話(はかせの半生)

海岸に流れ着いたゴミ。惨状を伝えるために、レポーターが痛切な表情で被害を語っている。
それをみた女の子が声をあげた。
「これは私のせいだわ!1年前、私が間違ってペットボトルを川に落としたから!」

女の子の母親は言った。
「いいえ、あなたのせいだけではないわ。もっとたくさんの人が多くゴミを捨てたから、そうなったのよ」

いま多く信じられているのが、「原因があって結果がある」ということ。

・自分が頑張らなかったから、今貧乏である
・あの人と結婚したから、自分は今不幸である
・若い頃に不摂生だったから、今病気になった

これらは、わかりやすい形で糾弾できる。原因があったから結果になったのだ。
だから原因が悪いんだ。原因をなくそう。

しかし、大体の結果は、ひとつの原因だけで成り立ってるわけではない。
何も頑張らなくても親の遺産で裕福な人はいくらでもいるし、
結婚できなくて不幸を感じる人もたくさんいる。離婚して後悔している人もいるし、健康にとても気を使っている人が病気で死ぬことも珍しくない。

はかせは、(「僕は」と書くのも「私は」と書くのも変な気がして、最近一人称が「はかせ」だ)家出人である。国立大学に入学して2年めに、親に黙ったまま上京した。
家出した理由は色々ある。遠距離恋愛に耐えられなくなったとか、一緒に同居していた男がホモだったとか、就職先に希望を見いだせなくなったとか、様々な理由があるが、一番は親から離れたかったからだと思う。

母親はとても過保護な上に暴力的という、あんまり誇れない性格だった。
塾は週に8回(一日に2回の日があり、一日だけ休みがあった)行かされ、
成績が悪いと殴られるのが常だった。読書感想文の字が汚いという理由ですべて消して書き直しをさせられたこともある。一字だけ綺麗だからそれ以外は消せ、などと言われて余計に落ち込んだ。
パンツ一つで1時間放り出されたこともあったし、自分を殴るために使われた孫の手は4本折れたことがある。

母親の口出しは大学の進路にまで向かった。はじめは薬剤師を考えていたが、偏差値の関係で諦めた。教師になろうとしたが試験に落ち不合格になり、一浪した。北九州予備校の寮生という、厳しい典型みたいに言われるところに行き、そこで無事、情報工学部の機械システム工学という学科に入った。
しかし、そこでの授業は惨憺たるものだった。複雑な物理を暗記させられるようなことをやったり、歯車の図面を20回書き直されて結局不合格であったり、とても自分の身になる勉強だとは思えないものばかりだった。
次第に学校には行かなくなった。2年生なのに2留が決まっていたのだ。

家にいてゲームばっかりやっていた自分を見かねたのか、母親が
「もう一人暮らしはさせない。アパートを引き払って、家から通学しなさい」と言った。

そのとき、全てが死んだと思った。
まず、車で40kmもある道のりを毎日通学するのは、疲労も重なって耐えられない。
彼女との遠距離も耐えられない。留年は2年決まっていたが、最長4年ある。なにより、実家に帰って母親に色々言われるのが耐えられない。
ついでにホモの男は大学院に行く予定だったので、もはや6年以上は一緒なのだ。そして就職先にも希望を見いだせない。すべてが無理に思えた。

残された道は、家を捨てるという選択だけだった。
この選択は結果的には正しかった。一時期は家のない浮浪者だったが、
タウンページで就職先を見つけ、自分の力により食べていけるだけの仕事を見つけ、伴侶も見つけ、今は2児の父となった。

しかし、母親はまだ諦めていないのだ。
「今あんたが立派に家庭を持てているのは、私が厳しくしたおかげ」などということを、のうのうと言うのだ。

だから、自分が返そうと思う言葉は
「そうかもしれないけど、大体の結果は、ひとつの原因だけで成り立ってるわけではない。」
ということなんだが…母親は耳を貸すだろうか。

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