【掌編小説】「カテドラル」
※この話は、こちらの小牧幸助さんの企画「#シロクマ文芸部」参加作品です。
ガラスの手で色とりどりの言葉を拾い集める。
バラバラだった言葉たちは、ガラスの手にのせると、これまた色とりどりのガラスになる。これをまとめていくと、きれいなステンドグラスが出来上がるんだ。
僕は群れて外で遊ぶのが苦手で、一人で本ばかり読んでいた。そんな僕の手は色白で細っこいものだから、「ガラスみたいに、掴んだらパリンと割れちまうんだろ、弱っちいの」なんて、学校の連中にからかわれた。でも、僕はその言い方がなんだか気に入った。
ガラスの手。古い詩や物語なんかに出てきそうでワクワクしたんだ。
あれこれ一人で想像して、想像の世界にどっぷり浸ったり、詩や物語を書くのも好きだった僕は、その言葉から心の中に「カテドラル」を建てた。
僕は魔法のガラスの手を持つ少年で、色とりどりの言葉をガラスの手で拾い集めて詩や物語を作る。それは煌めくステンドグラスとなって、僕の心の「カテドラル」を彩っていく。
カテドラルって、神様に祈る場所らしいけど、僕は言葉の響きが好きだから、その名前にした。僕の大切な場所って意味だ。
目を閉じれば、僕はいつでも僕の「カテドラル」に行くことができた。降り注ぐ彩り豊かな光の中に佇んで、また新しい言葉を拾うためにガラスの手をひろげる。それは至福のときだった。
時は流れ、いつしか僕は少年ではなくなった。
やらねばならない事に追われ、時間に追われ、そんなことばかりで日々は過ぎていく。
「おとうさんも見てー!」
リビングで新聞を読んでいたら、息子が意気揚々とやってきた。
「図工でつくったんだ」
「どれどれ。えっと、これは切り絵かい? なかなかきれいだなぁ」
「ステンドグラス! みんなに上手いって言ってもらえてさ」
息子が掲げたのは、ノート1頁分くらいの紙の作品だ。黒い画用紙に図案を切り抜き、裏からカラーセロファンを貼ってあるらしい。ステンドグラス風の切り絵という方が正確なんだろうが、まぁ、そんなことはどうでもいいか。得意げな顔の息子の頭をガシガシ撫でてから、作品を手に取る。親バカかもしれないが、小学四年生としてはなかなかの出来だと思う。
ふと、心の中で、何かが微かに煌めいた気がした。
しかし、読んでおかねばならない経済誌の記事があったのを思い出したので、作品を息子に返すと、通勤カバンに入れっぱなしになっていた雑誌を取るために立ち上がった。
その日の夜、夢を見た。
とある廃墟の中に、僕は佇んでいる。外は薄暗く、雨が降っているらしい。天井からはところどころ雨漏りがしている。
どこだ。ここは。
見覚えがあるような、ないような。
僕はぐるりと建物の中を見わたした。朽ちた椅子、蜘蛛の巣、シミだらけの壁、そして、模様らしきものはあっても色のないガラス。
……ガラス?
これは、ステンドグラス?
思い出した。
子供の頃、心の中に建てた僕の「カテドラル」。長い間、忘れてしまっているうちに、見るも無惨に荒れ果ててしまったのか。
僕はしばらく呆然としていた。ぴちょん、ぴちょん、という雨漏りの音だけが響いていた。
あんなに好きな場所だったのに、どうして忘れてしまっていたんだろう。こんな酷い有様では、もうどうしようもない。絶望して、僕は目を伏せてしまった。
目を閉じると、瞼の裏に、かつての「カテドラル」が浮かんだ。色とりどりの光に溢れた、言葉で創った僕の大切な場所が。
こうして思い出したんだから、もしかしたら、魔法のように元に戻っているかもしれない。一縷の望みにかけて、もう一度目を開けてみる。
しかし、そこはやはり廃墟の中だ。
がっかりして視線を落とす。すると、自分の両手が目に入った。
「あれ?」
ガラスの手?
埃だらけの床に落ちていた言葉をその手で拾ってみる。そっと埃を払うと、言葉は美しい色のガラスに変わった。
ああ、僕はまだ魔法のガラスの手を持っていたのか。
いつしか雨漏りの音は止んでいた。
外が仄明るくなっている。
目が覚めると、いつもの寝室の天井だった。ベッドに寝たまま静かに両手を目の前に持って来てみる。少しゴツッとした壮年男性の手だ。しかし、この手はガラスの手でもあったんだ。忘れていただけで、きっと、ずっとそうだったのだろう。
そのとき。
ふわっと、詩らしき一節が思い浮かんだ。
自分でも驚いた。
もしかしたら、さっき夢で拾った言葉かもしれない。書き留めておこう。そして、また言葉を拾っていこう。少しずつでもいい。
あの「カテドラル」の美しい姿を、もう一度取り戻すために。
小牧幸助さん、素敵な企画をありがとうございます。三回目の参加となりました。いつも絶妙なお題で、考えてみるだけでも楽しいです。
今回は「ガラス」からステンドグラスが浮かんだことで、話にできるかもしれないと感じたので、挑戦してみました。
長くなったので【短編小説】カテゴリに。
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