グローバリゼーションと移民(2)

伊豫谷登士翁『グローバリゼーションと移民』(有信堂高文社、2001)

《2》現代の移民を生み出している構造の根底にあるのは発展途上国における農村社会の解体である。「農村分解」という現象自体は歴史上でくり返し起きてきたし、それが農村部から都市部への(若者の)人口移動を生んできたことはよく知られている。これと現代の解体過程が違うのは、資本主義の世界的展開が、単なる人口の流出や世帯の分離ではなく、経済の再生産の場としての農村――「生存維持経済(subsistence economy)」――の崩壊を引き起こしているという点なのだ。

〈29~34〉自然条件に規定された農業は工業に対して生産性の低い経済活動であるが、その一方で、比較的大量の労働力を自立的に再生産できるシステムでもあった。つまり、そこに住んでいる人たちが必要なだけの基礎食糧、日用必需品、およびそれらを生産するのに必要な投入財〔灌漑や水利、農具、種子、肥料など〕を自分たちで充足できるということである。産業化にともない、都市部を中心に工業部門が形成されると、そこからの労働力需要に応じる形で、農村は労働者の排出と吸収をくり返してきた。問題となるのは、この労働力需要が農村のもつ再生産機能を超えてしまい、外部市場(資本主義世界経済)に呑みこまれていく過程である。それは歴史的にオーバーラップする3つの局面で展開した。

①権力的包摂――囲い込みによる土地利用の制限、租税の賦課、植民地化による強制労働などの手段による外部市場向け/輸出特化型の一次産品部門の創出(土地が奪われ農業のやり方をむりやり変えさせられる)

②市場包摂――外部市場向けの原料・食糧の生産が生活を維持する主要な手段となるような農工分業体制への組み込み(外向けに売るものと自分たちで使うものを分けたり家族内で兼業したりしている)

③再生産包摂――インフラ整備、農業機械の利用、品種改良、化学肥料の導入などによる他の産業部門への全面的依存、国家による医療・福祉・環境保全などの再生産機能の代替、そして世界銀行などの国際金融機関から農業協同組合を介して末端の農業労働者までを垂直的に結び付ける金融システムの成立(多国籍企業によるアグリビジネスの登場)

〈34~44〉農村には商品経済の浸透による「解体」と牧歌的で停滞的な伝統社会の「遺制」という2つのイメージが重なり合って存在してきた。後者のイメージは現代農業の実態によって全面的に修正されるべきだが、農村変容の第②局面が今日でも根強く残存しているのも事実である。グローバルな市場経済の発展にとって、農村の「生存維持経済」を破壊しきる必要はない。むしろ、その部分的存続によって安価な原料・食糧・労働力が供給されるならそれでいい。一方の農村側も、市場経済の不安定性によって生計が脅かされる限りでは全面的依存には至らないのである。この半農半工的な社会は、特に途上国において顕著だが、ごく最近までは先進工業国でも重要な位置を占めていた。それは産業革命期のイギリスのアイルランド人労働者とか、20世紀以前のドイツの鉱山労働者とか、高度成長期前後の日本の出稼ぎ農民など、近代化の過渡期に登場した季節性の移住労働者の姿で記憶されている。先進諸国では、これらの人々はやがて、食糧の対外依存や生産技術の高度化と、国家による社会保障機能の拡充を背景に、国内の産業部門に完全雇用の形で組織化された。第②局面から第③局面への移行は産業社会と福祉国家の形成を促したのだ。

→日本では、福祉国家型ではなく、男性正社員の雇用が社会保障機能を代替する企業社会型の組織化が行われ、女性は主婦(不払い労働者)やパート労働者という付随的形態の就労になった。これがグローバリゼーションと新自由主義改革によって崩れ、今日の「ブラック企業」や「ワーキングプア」の問題につながっている。詳しくは、木下武男『格差社会にいどむユニオン』(花伝社、2007);田端博邦『グローバリゼーションと労働世界の変容』(旬報社、2007)

〈44~46〉一方、途上国においては、国家が保障機能を形成することがなかった。つまり、多国籍企業による現代農業が農村の再生産機能を代替なしに解体してしまったのだ。移住労働者はフルタイムの産業労働者としてではなく「インフォーマル・セクター」を中心とする雑業層として都市部に滞留するようになった。彼らこそが多国籍企業の進出を底辺で支えた安価な労働力の正体である。途上国にとっては生存保障であり、資本主義世界にとっては労働力の供給源であったかつての「生存維持経済」は、都市部に滞留する低技能・不定期の低賃金労働力を基盤とする肥大化した「インフォーマル・セクター」が擬似的に代替するのみとなった。この不安定で流動的な空間が、先進国のインフォーマル部門と結び付きながら、グローバルな労働市場を形成しているのが現代の移民という現象なのだ。

〈参考〉「インフォーマル・セクター」については、たとえば松薗祐子「インフォーマル・セクター研究の系譜」『淑徳大学総合福祉学部研究紀要』40巻(2006)を参照

《3》現代の移民を特徴づけるのは、それが発展途上国から国際競争力のある商品として輸出されたものだということだ。奴隷貿易によるアフリカからの強制移住、鉄道建設などに動員されたインドや中国からの契約移民、ヨーロッパから南北アメリカへの植民など、移民は20世紀初頭までの国民国家形成の過程でも存在してきた。しかし、いずれの場合も、移民は欧米諸国を中心として編成されつつあった国民国家相互の関係として起きており、移住先の社会においては周縁的なマイノリティーとして存在していた。これに対して、特に1960年代以降の移民は発展途上国からの膨大な不熟練労働力の供給として行われ、それが表面上は「自由な」移動として起きている。さらに、移民たちは均質な空間として形成されてきた国民国家とそれに基づく国際関係を変型させている。彼らは、急速な工業化によって生じた「人手不足」を補う形ではなく、(帰るべき場所を失いながら)新たに形成されつつある安価な外国人労働に依存する産業や職種を担う存在として移動している。

〈58~65〉移民は労働力を供給し、生活圏を要求する。労働力とは特別な商品であり、経済の自律的な循環過程(市場)によっては再生産することができない。労働の担い手である労働者は、具体的な地域において生活し、さまざまな社会を構成し、文化を形作る。労働力の再生産は人間の社会的な営みを通して行われるのであり、基本的には国民国家の枠内に位置づけられる「家計(household)」を基盤としてきた。こうした環境が形成されない限り、農村社会から労働力が排出され尽くすことは、原理的にはありえない。資本の側からは「過剰人口(surplus population)」に過ぎないとしても、農村社会に労働力が堆積している状態は季節的変動の激しい農作業を維持することに加え、相互扶助的社会保障機能を成り立たせる生存原理でもある。そのため、たとえ商品経済の浸透によって工業製品の消費やライフスタイルの変化が起こるとしても、都市の雇用や社会保障が不安定である限り、農村社会の生存原理は併存しつづける。このため資本主義世界経済の軸となる賃労働者の形成は完全就労ではなく、不安定就労・不定期労働といった形態になるのが一般的である。たとえば、建設業や港湾労働、非合法の地下経済(アンダーグラウンド)、そして途上国や後発国の「インフォーマル・セクター」など。この完全就労と不完全就労の重層的分断化が、一国レベルではなく世界的規模で展開しているのが今日の状況なのだ。移動の形態をまとめると以下のようになる。

1)近代産業部門を担う労働市場
労働力の再生産は賃金によって保障される。典型的には工業生産に従事し都市に居住するフルタイムの賃金労働者とその家族。

2)低賃金で不安定・不定期な就労形態による副次的労働市場
労働力の再生産は農村社会を拠点にしたまま、外貨獲得のために季節的な出稼ぎや不熟練の雑業に従事する労働者。

3)これらの労働市場の予備軍を構成する農村社会
農村社会のなかに埋め込まれたまま副業的に商品生産を行う家庭内労働者。女性、子どもなど。

→これは農村解体の3つの局面を資本の側から、労働力の抽出という視点から捉え直したものと言える。どちらも類型的なもので、歴史的に正確なプロセスを表しているのではないことに注意

→在留資格による制限と家族帯同の禁止を軸としてきた日本の入管行政は、2)の形態を前提にしていたと言える。移民労働者に投げかけられる「嫌なら帰れ」というヘイトスピーチも似たようなものである。

〈66~72〉1960年代以降、多国籍企業の進出により、途上国は急激な工業化を経験し、国際的な製造業拠点になった。しかし、都市部への人口移動は必ずしも多国籍企業による雇用創出が原因ではなかった。工業化が賃労働による雇用機会を十分に創出しなかったとしても、「インフォーマル・セクター」を含めた都市の経済活動が流入人口に所得を得る手段を提供するからだ。彼らは多くの場合、スラム化した地域に住みながら不安定で劣悪な低賃金職業に従事し、家族のほぼ全員が就業することで辛うじて生計を維持している。近代産業部門や公的部門の拡大によって生まれた都市新中間層が政治・経済・文化を主導するようになったのに対して、こうした人々が膨大な数の低所得層を構成することで、従来とは異なる階層分化が生まれている。

→「一億総中流」日本における新中間層の形成と「アンダークラス」の拡大については、橋本健二『新・日本の階級社会』(講談社、2018)を参照

〈72~73〉都市における低所得層の定着の背景には、欧米型の消費生活文化の浸透と農村社会の相対的な弱体化がある。かつて欧米のライフスタイルは一部の特権層のステイタス・シンボルであったが、規格化・標準化された商品が現地企業や多国籍企業子会社によって大量生産され、現地向けにも販売されるようになり、途上国の農村部までが欧米型のグローバルな消費生活圏内に取り込まれたのだ。これには、化粧品や嗜好品、家電製品などに加え、安価な食糧や衣服なども含まれ、農業や農村副業への大きな負荷となっている。生存を保障する基盤であった農村社会が抱えきれなくなった人口が都市部に流入しているのであり、彼らには帰る場所がないのである。

「農村社会にとって、より遠距離への選択が可能となる条件が与えられるならば、そして生活の範囲内において十分なあるいは有利で確実な雇用機会が得られないならば、労働力は国際的に移動することになる。」(65頁)

「このことは、労働力の世界的編成の視点から捉えれば、発展途上国の膨大な人口が世界的規模での無尽蔵な労働力供給の条件を整えたことを意味する。このような無制限労働供給のなかで、先進諸国において発展途上国から労働力移動を誘発する要因が存在すれば、戦後の高度経済成長期のように大量の人口移動がひき起こされることになる。」(73頁)

〈73~79〉1970年代以降、省力化技術の導入や生産の合理化、単純生産工程の海外移転などによって先進諸国における製造業の労働力需要は低下した。だが、同じ時期に、大量の外国人労働者が流入し、膨大な移民労働者として滞留した。製造業を基盤に歴史的な高度成長をとげた先進諸国は、構造的な不況と高い失業率に直面しており、生産性を維持するための技術革新、途上国への移転、大量解雇などをくり返しながら、金融・保険・法務などのサービス部門やコンピュータなどの電子機器産業へと重心を移行させる。一方、産業のさらなる高度化に伴って、膨大な低賃金労働の需要が新たに形成された。

〈99~101〉典型的なのは、衣服産業、特にファッションや流行の変化と結びついた部門の労働。企業の経営管理機能の集中にともなって増加する交通・通信・ビルなどの維持・保守・管理業務、肥大化した事務の末端業務。高所得者層を中心とする新たな都市型ライフスタイルに提供されるショップやレストランの店員、家政婦や育児等のケア労働などのサービス労働。

「外国人労働者の流入が増加するか否かは、産業の再編を可能とする低賃金労働が、国内において十分に調達しうるかどうかという点にかかっている。」(76頁)

→調達できなければ外に求めればよい、という話になってしまえば、それは「人手不足」の解消というより構造的矛盾の責任転嫁である。

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