エッセイ 五臓六腑を見渡して

 グトリグトリ強い日差しが体力を奪う。信濃町駅に初めて降りた。電車の中は二酸化炭素と、タンパク質と、皮脂、汗、隣に座る強い香水の匂いが、熱を持って空気のかたまりになっていた。

わたし、わたし。丁寧に襟を正し、人へ提出する文章ならば「私」を使うのが妥当だろうと思っている。本当はそんなこと無いのよ、私の中にある世間、私の中にある理想の正しさがそう云うのよ。後ろめたさなんてものは、周囲にあるものが形成したのでは無く、自分が作った後ろ指で自分を指しているのだと、つくづく思う。読者を意識した文章は、エッセイであるらしい。ならば読者を意識すれば、エッセイになるんだ。

 想像よりも立派な校舎だった。敷地は狭いが、オフィスビルのテナントを想像していたため、門の入り口に構えている学校銘板の文字の重厚感に面白くなってしまった。

 ロビーで教室の場所を確認し、室内へ入る。初めての環境に小さくも緊張は続いていたが、Zoomで聞いた事のある声や顔ぶれが見えたのでほっとした。

出席カードを埋める。講師名が分からず、こっそりネットで検索し、漢字で記入した。水晶みたいなかんじだった。

昨日(※1)最後の授業にて「随筆の七ヶ条」を教わった。スクリーンに七.愛を書こう、と示された時、脳内は歓喜に叫んでいた。「ローラのシックス・ステップ」!僕は大学内に「舞台・ミュージカル研究会」を作るほど、舞台が好きである。特に最近いれこんでいるのがミュージカル「Kinky Boots」で、授業が始まるギリギリまで劇中曲を聴いていた。どれも好きだが、中でも一番リピートしている「Raise You Up / Just Be」は、聴けば美しく輝けるような自信と勇気を貰える。歌の中では、成功の為のローラのシックス・ステップが歌われる。その四つめが「4. Let love shine(日本語版:愛を輝かせること)」なのだ!随筆と直接関係する訳では無いけれど、このリンクは僕をときめかせた。芸術どうし最高の共鳴じゃないか。

 授業が終わり夕方になっても、ジヌジヌした茹だる暑さは続いていた。そのぶん空は晴れ、綺麗な青だった。逃げ出したい危機感を覚える日差しは無く、暑くても夕方だなと思った。電車から見える景色が青くて嬉しかった。昼間も青いが、早朝のような澄んだ水色だった。僕は青い空が好きなのだと思っていたけれど、空が白い建物ごと優しい水色に染める時間が好きだったようだ。嬉しい発見である。ときめく心の動きを言葉にできたのだから。

次の日、無事遅刻せず、1講時目の授業に間に合った。先生は昨日と同じ紫色の、何かが100%のジュースを飲んでいる。蛍光色の靴下は、暗いスクリーンの下で黄色か黄緑か分からない。
 
 午前中、少し凍った美味しい桃が食べたくなった。これから文字書きたちの午後が始まる。

【脚注】
(1)2023年8月5日土曜日のこと。
(2)ブロードウェイミュージカル「キンキーブーツ」公式サイト http://www.kinkyboots.jp/ 2023年8月6日

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