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フィリピンで聞いた怖い話⑥ 【追ってくる棺桶】

セドリックの家に遊びに行った際、やたら「ご飯食べてる?これ食べた?これ食べた?」と聞いてくれるおばあちゃんがいた。

歳はおそらく80を過ぎていたと思う。ピンクの可愛いワンピース姿が印象的だった。おばあちゃんが揚げてくれたフライドチキンも美味かった。(聞けば自分家で飼ってた鶏らしい!)

それから数日後、いつものように仕事終わりセドリックと雑談していると奴がこんなことを言う。

「こないだ俺ん家来た時、おばあちゃんいたの覚えてるか?」

「うん、覚えてるよ。フライドチキン作ってくれた」そう俺が返すと、

「あれ、俺の母方のおばあちゃんなんだけどさ、実はおばあちゃんも昔、怖い体験してるんだよね・・・」

そう言っていつもの調子でタバコを1本ねだってから、そいつをプカプカやって次のような話を聞かせてくれた。


これはおばあちゃんがずっと若いころの話。その当時、おばあちゃんは家族で経営してる雑貨屋の店番をしていた。

ところでその雑貨屋というのはちょっとした食べ物や日常消耗品を扱ってる今でいうコンビニみたいなものだ。ちなみに今でもフィリピンには町のいたるところにある。

その日、店にはおばあちゃん1人だった。普段は夕方4時くらいには店を閉めちゃうのだが、なぜかその日はお客さんが切れず、閉められたのは夜6時過ぎだったという。

お店の鍵を閉め、おばあちゃんは家路についた。その当時は今みたいに街灯もなく、日が沈めば辺りは真っ暗だった。

暗い道を一人歩いていると、背後から気配を感じた―。

それは後ろから何かがついてきているような感覚だった。しかし、足音なども聞こえない。おばあちゃんは後ろを振り返えった。真っ暗なだけで何も見えない。しばらく闇の中を見つめていたが、何も無かった。

「気のせいだったかしら・・・?」おばあちゃんは再び正面へ向き直った。すると、先ほどから向かっていた道の先に、”何か”が見えた。正面も同じく暗い。それなのに、そこの周りだけほの明るく、薄白く光って見えた。

おばあちゃんは歩いてその”何か”に近づいていった。そして、その姿をはっきり目で捉えたたとき、おばあちゃんは凍りついた。

―それは、宙に浮く棺桶だった。

横たわった格好の白い棺桶がふわふわと宙に浮かんでいた。見間違えかとも思ったが、どう見直してもそのようにしか見えない。おばあちゃんは先ほどまで感じていた不気味な気配を思い出した。そして猛烈に怖くなり、すぐさま踵を返して来た道を走って戻った。

そのすぐ後を棺桶が追いかけてきているような気がした。おばあちゃんは後ろを振り返ることなく、そのまま真っすぐ元いたお店まで駆け戻った。お店まで帰ると、おばあちゃんはすぐさま中に飛び込み、玄関の戸の鍵をかけた。

しばらくすると、何かが激しく戸を叩く音が聞こえ始めた。何かが外から店の扉へ体当たりするような激しい音、それが何度も何度も響き続けた。

おばあちゃんは堪らず店の2階に逃げ込み、そこで震えていた。「イエス様、どうか私をお助け下さい」—おばあちゃんはひたすら祈った。しばらくすると、音はしなくなった。おばあちゃんはそのまま店で夜をすごし、太陽が昇り外から普段の賑わいが聞こえるようになってから、ようやく店を出て帰宅した。

家に帰ってからは特に何もなかった。おばあちゃんの身にも、特に変異は無かった。しかしそうではなかったのが、すぐお店の隣に住むお隣さんだった。

おばあちゃんがお店に逃げ込んだあの時、バンバンと激しく何かがぶつかる音を隣りに住む男性も耳にした。何事かと隣りを覗いて見て、自分の目を疑った。なんと宙に浮いた棺桶が、隣りの店の戸に激しく体当たりしているではないか。
あっけにとらわれていると、さらに恐ろしいものを目にしてしまった。棺桶は突然すくっと直立すると、お棺の蓋が開いた。そして中から人―見るから生きている者とは思えないほど青白い顔をした女—が、中から飛び出してきたのだ。それを見てしまったお隣さんも死ぬほど恐ろしくなり家に引き戻った。しかし、大変だったのはその後だった。

そのお隣さんは翌日からおかしくなってしまった。何を呼びかけても反応せず、ブツブツ意味不明なことを口ずさむばかり、まったく廃人のようなってしまったのだ。困った家族は、地元のアルブラリヨ(Arbularyo)を呼び助けを求めた。

アルブラリヨ(Arbularyo)とは、フィリピンの民間魔術医師のことである。

Wikipediaによると、
“アルブラリヨとはフィリピンの主に郊外で見かけられる魔術医師のことであり、ハーブや伝統的な施術―例えばhilot(まじない)やマッサージ―を使って人々を癒す。患者は主に適切な医薬治療を受けられない人、あるいは非常に伝統的な、迷信深い人が多い。多くの人々がアルブラリヨを信じるのは、単に伝統によるものだけでなく、病院の医師より患者への接し方が良い、あるいはもっと配慮してケアししてくれるからである”

とのことである。基本的にはハーブや香油を使いつつおまじないやお祈りを用いて病を癒す民間療法師のようなもののようだが、お祓いなどもしてくれる祈祷師のような側面もあったようだ。(セドリックによると、もう都会ではめっきり見なくなったと言う。まだ田舎の方では少しいるのかもしれない。会ってみたいなぁ・・・。)

ということで、この男性もアルブラリヨに診てもらい何か治療を受けたらしい。するととたんに良くなったとのこと。実際どんな治療を受けたのか、アルブラリヨからどんな話があったのかは不明だ。日本の怪談ならここで「あれは○○じゃ!」みたいなのが判明するところだが、そういうのは無かったらしい。なのであの棺桶の女の正体や、なぜおばあちゃんを追っかけたのかということは、結局最後までおばあちゃんにも分からなかったという。

いずれにせよ、おばあちゃんはもう怖すぎてその店でしばらく働けなかった。その話を聞いた家族親戚一同もみんなブルってしまい、自分もやりたくないと言う始末。仕方ないので結局、兄弟の中で一番度胸がある少年が学校行く前と帰った後だけ店を開けたという。その間、棺桶女は出なかったし何も起こらなかった。なのでしばらくするとおばあちゃんもまたお店に戻って働けるようになったという。


これでお話はおしまい、と言うよりセドリックによる怖い話の最後である。
というのも、これまでいくつも怪談を提供してくれた彼だったが、この話を聞かせてくれた約2ヵ月後に仕事を辞めて職場を去ってしまったからだ・・・。この仕事は夜勤で身体へのストレスも大きい。セドリックの親御さんも日に日に顔色が悪くなっていく息子を心配していたそうだ。彼の健康のためにも、他の仕事があるのならそっちに移って良かったと思う。

ちなみに辞めた後も彼とは連絡取り合っている。「仕事辞めても俺たちは友達だよ。また家に遊びに来てくれよ」なんて言ってくれてる。色々と落ち着いたら、また一緒にしこたまビールを飲みながら怪談でも聞かせてもらえたら―なんて思っている。

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