映画レビュー(89)「オッペンハイマー」

 話題の映画「オッペンハイマー」見てきました。実は、拙作「不死の宴 第二部北米編」で1956年のアメリカ社会を舞台に物語を展開する上で、冷戦当時の米国社会を調べたいた。おかげで当時の核開発と赤狩りの関係など知っていたので、この映画は深く心に滲みました。


アメリカのプロメテウス

 物語は、赤狩りでの聴聞会という名のつるし上げシーンと回想シーンとの往来で進行する。彼はドイツからの移民でナチスの原爆研究と対抗するためにマンハッタン計画を指揮しロスアラモス国立研究所の初代所長となるが、アメリカ共産党員の友人親族が多いことを理由に、スパイの嫌疑を掛けられ公職を追放される(オッペンハイマー事件)。
 ギリシア神話のプロメテウスとは、人類に火を与えて文明の基礎を作ったが、同時に武器を造り戦争をする力も与えてしまいゼウスによって磔にされ、死ぬことも許されぬ責め苦を受けるタイタン族の神である。オッペンハイマーは自分をそのプロメテウスになぞらえていた。
 終戦後、自分の手が「血塗られた」と感じていると語り、トルーマン大統領から「泣き虫野郎」と言われた彼は、冷戦下における核開発競争を停めるべく水爆に反対する。赤狩りで公職追放された本当の理由は、この水爆反対こそが問題視されたのである。

当時のアメリカ社会のメンタリティを象徴する人物

 原爆開発で戦勝に貢献しながら、戦後は自分の開発した原爆の力に罪悪感を抱き、反対運動に向かう。この彼の心は、アメリカ人のセルフイメージの変化を思わせる。
 アメリカ人(特にWASP)が抱いていたセルフイメージは、二つの大戦に勝利し、世界の平和に貢献した善良なカウボーイである。その自信満々の誇らしいセルフイメージは、冷戦下の朝鮮戦争で疑問符が付き、ベトナム戦争で完全に否定されてしまう。このアメリカ人の幻滅を上手く描いているのが「アメリカン・グラフィティ」(ジョージ・ルーカス)とその続編だった。
 さらにその後、湾岸戦争などでそのイメージは地に落ちるのだ。
 今回の映画の中では、科学者としてのオッペンハイマーと対比されるキャラとしてルイス・ストローズという政治家が出てくる。人類の未来に思いを馳せるオッペンハイマーと、自分の出世とオッペンハイマーへの恨みで動く俗物政治家ストローズ。
 見事な脚本である。オスカー獲るのも当然だ。
オッペンハイマー」公式サイト

(追記)
1950年、アメリカのユダヤ人夫妻ジュリアス・ローゼンバーグとエセル・ローゼンバーグは実弟でロスアラモスの原爆工場に勤めていたソ連スパイ・デビッド・グリーングラスから受け取った情報をソ連に提供した容疑でFBIに逮捕される。最終的に死刑になるのだが、ソ連が崩壊する90年代までは「えん罪事件」として語られていた。ソ連崩壊後、スパイ行為は事実であったことがわかるのだ。
この「ローゼンバーグ事件」も「オッペンハイマー事件」の背景情報である。
私の「不死の宴 第二部北米編」、実はこの「冷戦下の核情報漏洩」を暗喩するような物語になっている。興味ある方は、是非お読みください。←宣伝かよ(苦笑)
不死に宴 第二部 北米編

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