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大将へのラブレターのその後

「短い間でしたがお世話になりました」という感謝の気持ちを込めて、大将にラブレターを書いたのが6月上旬。
しかし、実はまだ働いているのです。

私、魔女のキキ。こっちはまだ二階にいる李さん一家。


最初は6月いっぱいで店を辞めるつもりだったが、私の後任のバイトが2日で辞めたため、7月末まで延びた。しかし、7月の最終日に菓子折りを持って「今までお世話になりました」とご挨拶したところ、大将はキョトンとしていた。
「7月いっぱいで辞めますって言ったじゃないですか!」と言ったら、大将は

「俺が『ずっと居ていいよ』って言ったら『うん』って言ったじゃない!」

そんなプロポーズみたいなこと言ってたっけ!?
どうやら2人の間で事故レベルのすれ違いが起きていたらしい。(その時、私は『ずっと居てもよかったのに』という優しさ&社交辞令として受け流していたと思われる)

そういうわけで、9月末まで週2回バイトを続けさせてもらうことになった。バイトのために埼玉まで行くのは正直しんどいが、あの厳しい大将に「居てもいい」と言ってもらえたのなら、もうちょっと頑張ってみたい。それに、大将は私の驚異的なドン臭さに慣れてきてしまった(というより諦めた)らしく、怒られる回数が一日500回から300回くらいに減ったので、以前よりも居心地がいいのだ。

5カ月たった今も、相変わらず大将の仕事の手際の良さに見惚れている。
最初の頃は、大将の手元をボーっと眺めていると「仕事しろ!!!」とドチャクソ怒られていたが、最近は料理を作る時のコツや味付けなどをほんのちょっとだけ教えてもらえるようになった。「これ混ぜておいて」「それお湯に入れておいて」と、簡単なお手伝いをさせてもらえるのも嬉しい。美しい料理が出来上がる過程の一部分を自分が担えたというだけで、なんだか誇らしい気持ちになる。
取材でもない限り、一流の職人さんと関わる機会なんて皆無なので、ここぞとばかりに「それどのくらい煮込むんですか」「なんで豆腐だけレンジで温めるんですか」「〇〇イカと〇〇イカの味の違いってどんなですか」と、どんどん質問するようにしている。
継ぎ足して使い続けている特製の煮汁を見せてもらった時は、職人さんはこうやって技術を守っていくのかと感動した。

先日は、なめ茸の作り方を教わった。大将は「こんなの誰でもできる」と言っていたが、なめ茸はスーパーで買うものであって「作る」という発想がなかったから、今この場で作れるというだけですごいびっくりしてしまった。(※私は漫画に出てくるめしまずキャラレベルで料理が苦手なので、知識ゼロです)
味付けをして火が均等に通るようによくかき混ぜ、鍋いっぱいのえのきが3分の1ほどの量になった頃、自家製なめ茸が完成した。ついさっきまでただのえのきだったものが、今目の前で「なめ茸」として存在していることが、魔法みたいに思えた。主張しすぎず、大将らしい品のいい味付けで美味しい。
アボガドの上に乗せてお客さんに出すというので、どんな料理名にするのか聞いたら、

「………アボガドのなめ茸のっけ」

「そのまんまっすね!?」と笑ったら、大将は「うん」と小さく頷いた。
残り2カ月。こういう時間を、ひとつひとつ大切にしたいと思った。

こんなことを書いておいてなんだが、9月末には「やっぱり年末までバイトすることにしました」とか言い出す可能性があるので、自分でも油断ならない。
ちなみに、今日バイトに行ったら「アボガドのなめ茸のっけ」がメニュー表に載っていて、なめ茸の下にちっちゃく「自家製です!」と書いてあった。可愛げの塊のような人である。


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