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馬の記憶

YouTubeでたまたま馬動画を見たら、次から次へと馬動画ばかり出てきた。
それで馬のことを思い出した。

子供の頃、実家の近所に馬がいた。数軒先の家に、馬小屋がくっついてあって、そこに馬が一頭いた。元は農耕馬だったが、その当時、既に引退して、たんに馬小屋の中に立っていた。近づくといつも大きな蠅やアブがいて、それを尻尾で払っていた。

家のオジサンが、時々、散歩に連れ出していた。馬は犬のように立ち止まったりしないで、歩きながら糞を垂れていた。

だから、実家の前の道には、たまに馬糞が転がっていた。馬糞はそのまま放置されていて、誰も片づけたりしなかった。それが当たり前だった。未舗装の道だったから、そのまま土にかえったということもある。

その頃、実家の周りには、百メートルくらい離れると、田んぼや畑がたくさんあった。

馬のいるその家も、少し離れたところで畑をやっていた。オジサンは、毎日、トラクターに乗って、畑まで通っていた。オバサンは、歩いて通っていた。トラクターが出現する前は、馬を使っていたのだと思う。

となりの町内の農家にも、家にくっついた馬小屋があって、そこにも馬がいた。それらの馬が具体的に農作業をしている場面は見たことはないが、道端に転がっている、ワラの塊のような馬糞の記憶はずいぶんとある。

私の田舎は、県庁所在地で、実家のあるところは、駅から大人の足で10分程度の場所だったけど、当時はそんなもんだった。

馬糞が転がっていたのは、舗装される前の道路の記憶だから、1970年より前のことだ。それまでは未舗装で、雨が降ると泥んこになる道ばかりだったのが、1970年に行われる国体に合わせて、一気に舗装が進んだ。

実家の前の道も、ダンプがアスファルトを積んできて、それをローラー車がならして、舗装道路になった。土の上にアスファルトを敷いただけだから、路面はその分高くなった。夏になると、柔らかくなって、タールが黒く溶け出したりした。

国体を契機に、周囲の環境も様変わりした。大きな道路が整備され、自動車が通ることが出来る幅の道は、全部、舗装された。区画整理も一挙に進んで、そこいらへんにたくさんあった原っぱが消滅した。

舗装道路の上に馬糞が転がっている光景も、見かけなくなった気がする。

その頃はもう馬の散歩をしなくなっていたのだろうか? それとも、目立つから糞を片づけたのだろうか…。 私は1980年に実家を出てしまったので、近所のその馬がいつまでいたのかは、わからない。

妻の実家も北関東の農家で、妻が幼稚園の頃まで家に馬がいたという。やっぱり引退した農耕馬だ。だから昔はけっこう普通に馬がいたのだ。


ちっちゃい子供の頃、馬の話は祖父からもよく聞いた。祖父は、県境の山奥の村から、祖母の一族が営む商店に、最初は住み込みの丁稚で入り、のちに番頭になり、婿入りして店主になった人だ。

その祖父の最初のヒット商品が、炭だった。出身村の炭焼きと契約して、店で炭を売ったのだ。それが飛ぶように売れたという自慢話を何度も聞かされた。その炭は何頭もの馬によって運ばれてきたのだった。

自動車のない時代は、馬が運搬の主流だったと祖父が言っていた。馬は山道も通れるから、道路しか走れない自動車よりも便利だし、優秀なんだと言っていた。


祖父の炭の話は、戦前どころではなく、昭和初期のハナシだったので、馬が活躍していたのは、はるか昔のことのように思って私は聞いていた。ところが、小学校の高学年の時、実際に馬が荷物を運搬しているのを目撃して、吃驚したのだった。

場所は、当時、父が単身赴任していた県北の街だ。その時は冷蔵庫だか洗濯機だかカラーテレビだったか、家電の段ボールを左右に背負っていた。今でも馬が荷物を運んでいるのかと驚いたら、父が、この辺ではまだ馬方(うまかた)さんがいるんだよと教えてくれた。それが1970年代の半ばのことだ。


これらはみんな、50年も前のハナシだ。馬方さんなんて、とっくになくなっていると思っていた。というより、まるっきり忘れていた。

ところが、数年前に、「日本のチカラ」というテレビのドキュメンタリーで、「馬搬」を扱っている番組を見た。

馬搬というのは、馬が荷物を運ぶことだ。昔は、馬で荷物を運ぶシステムも、それに従事する人もひっくるめて、馬方さんと呼んでいた気がするが、今は馬搬と言うらしい。

2000年代の現在も、山の中で、わずかながら、馬が活躍していることを知り、吃驚したような嬉しいような気持ちになった。


ネットで検索してみると、馬搬に関してたくさんの記事があった。


●「日本における馬搬作業の現状」林野庁のPDF
https://www.rinya.maff.go.jp/tohoku/sidou/attach/pdf/h28_happyoushuu-34.pdf


そういえば、少し前に、今、私が住んでいるすぐ近所に馬がいたことがある。区画を貸し出す市民農園の民間版で、そこに小型の馬が2頭、飼われていた。

この文章の最初に貼り付けたのは、そのうちの1頭だ。写真の日付を見たら、2015年だった。もう8、9年前だった。

その頃、私は暇だったので、馬をよく見に行った。馬は飽きないで、ずっと見ていられた。急に見かけなくなった時には、やけに寂しい気持ちになった。

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