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読書日記 荒木一郎・著『空に星があるように 小説荒木一郎』 忘れられた大スターの逆襲!


荒木一郎・著『空に星があるように 小説荒木一郎』小学館


この本の長い「前書き」を読んでまずわかったことは、将棋でアマチュア4段の腕前を持つ荒木一郎は、1970年代のある時期から、本格的に将棋に凝り、自宅の離れを改造して将棋場を作り、プロとアマの混じった知り合い30人ほどで、将棋クラブを運営していたということだ。

その関係で、原田泰夫 (監修)、荒木一郎 (プロデュース)、森内俊之(編)、2004、『日本将棋用語事典』、東京堂出版 という本を出すことになったと言う。これは、戦前戦後を通じて、日本で唯一の将棋用語事典なのだそうだ。

版元のホームページを覗くと、今でも普通に売っていた。「名棋士の解説による本邦初の将棋用語事典。単なる用語解説だけでなく用語にまつわる話題や対局中の心境,人生観なども織りまぜ一部インタビュー形式で解説。棋士同士しかわからない用語も含め940語収録。」と紹介されている。ちょっと読んでみたくなった。ちなみに税抜きで2800円だ。

また、子供の頃から手品(マジック)に入れ込んでいた荒木は、27歳の時に決意して、マジック関連の原書文献に直接あたることにした。それらからアメリカの最先端のマジックを自分でマスターして、マジック仲間に披露している。披露する場所は、やはり自宅だ。月に一回、マジックの会を催しており、国内のプロがこぞって集まってきていたらしい。

そのメンバーの中には、まだ本名で活動をしていたミスターマリックもいたという。その後、マジックは、どんどん幅が広がっていったので、荒木自身は、トランプを使ったカードマジックだけに的を絞るようにしたのだと言う。

荒木が書いたマジックの本は、『将棋用語事典』と同じ東京堂出版から出ている。ホームページを見ると、9冊も出ている。

中には、著者が実演しているdvd付きのものまである。初心者からプロまでが参考に出来る本のようだ。

と、このように、芸能活動をやめた荒木一郎は、今日までのその後の長い人生を、楽しく過ごしているだろうことが伺えた。


1968年までを描いた500ページの自伝小説


さて、こっから先が、やっと『空に星があるように 小説荒木一郎』の読書感想文だ。この本は今年の10月に出ている。書いたのは荒木一郎で、タイトルにあるように小説だ。

簡単に言うと、自伝的な小説なのだが、本人が芸能界の人だったし、出てくる芸能人、著名人はみんな実名で書かれているので、昔の言い方だと「実名小説」になるのかもしれない。もしかしたら、「回想録」や「回顧録」のほうがふさわしいかもしれない。

といっても、一般的な回顧録は、人生の全般にわたって書かれてあるものだが、この本は、1968年、著者が24歳の時点までしか書かれていない。最近出たばっかりの、500ページもある本なのに、今から55年も前で終っているのだ。これにはちょっと驚いた。

本文に入る前に、長い「まえがき」があった。普通、前書きは、その本の内容についてとか、書くに至ったいきさつなどを、コンパクトにまとめて、本文へと橋渡しをしているものなのだが、荒木一郎の書いた「まえがき」は、エピソードがてんこ盛りで、雑多で長いのだ。

読むと、とても「まえがき」とは思えないのだ。年齢が年齢だから、荒木一郎もぼけたのかと思って、それでも読んでいたら、小説荒木一郎を書くと言っていた年上の友人が死んでしまったので、自分で書くことにした、ということを書きたかったことがわかった。

それを書くのに、将棋場や将棋クラブのこと、マジックのこと、ミスターマリックのことなどが詰め込まれているので、なかなかわかりづらいのだ。

しかし、その亡くなった友人というのが、荒木一郎に影響を受けて、マジックにはまり、かつまた将棋にもはまって、将棋もマジックも荒木と共に熱心に活動をしていた盟友だったことから、それらのエピソードを書かないわけにはいかなかったようだ。それにしても雑多すぎる。

そして、荒木一郎は、誤解の多い人生を歩んできたために、今になって、自ら誤解を正しておきたいと思ったのではないか。この細かすぎる記述には、そういう執念がこもっているような気がした。

一方、「あとがき」は短い。この本に登場した主要な人物の中から、芸能人でない人たちのその後を、さらりと報告している。なんだか映画アメリカングラフティなんかのエピローグのように、青春している。


高校生でNHK俳優。その後、レコードデビューしてスター兼社長になる


本文は、荒木一郎の十代から24歳までが、とっても詳細に書かれてあった。荒木一郎は、相当、記憶力がいいのだと思われる。書かれてあるエピソードは、2016年に出た『まわり舞台の上で』という語り下ろしの本とかなり重複している。『まわり舞台〜』を自分の文章で書き直したような印象すら受ける。

ラストの1968年の時点で荒木一郎は、24歳だ。そこに至るまでの彼の人生を、簡略しておこう。

高校生の時に、ジャズバンドでドラムをやり、同時に俳優としてNHKの帯ドラマ(当時のドラマは生放送)数本にレギュラー出演し、その後、映画に進出し、テレビドラマにもコンスタントに出演し、人気女優と衝撃の結婚をして、ラジオで自分の曲を歌う番組を持ち、その後、レコードデビューして、「空に星があるように」が100万枚売れて、瞬く間に大スターとなって、何枚もシングルヒットを飛ばして、吉永小百合ともデュエット曲を出して、自分の事務所(社員はみんな友達、年齢は十代から20代前半)を作って社長をやり、ビクターと契約して、音楽プロデューサーにもなった。

その間、マスコミを騒がせる事件(ハイミナールでらりって収録に遅刻したり、暴力事件やら略奪婚やら)を何度か起こしていて、その都度、テレビ局を干されるのだが、いつも復活して、ギャラもアップさせて、以前以上に活躍をしている。

という波乱万丈な人生が、細かく描かれている。本書を読むと、荒木一郎は、大スターで、天才肌だったことがわかる。高校生の頃から、つまらない脚本に手を入れて、書き直しをして演じたり、カメラワークに注文を出して、アングルやカメラ位置、カット割りなどの指示も出している。それも自分の出演部分だけでなく、共演者の部分もやっている。

荒木がやった方が、作品が良くなるので、現場では黙認されていたとある。高校生にそんな権限と能力があったのかと、ちょっと考えられないが、荒木はその後も、ほとんど出演作品にこのようなかかわり方をしている、と本書には書いてある。

音楽に関しては、もっと天才肌だ。歌詞とメロディーは同時に浮かび、15分もあれば、曲が出来上がっている。ドラム、ギター、ピアノを弾きこなし、アレンジもその場で出来る。楽器は最初は見様見真似でやり、その後、ジャズ系の音楽学校でボーカルとピアノを習っている。ドラムは、プロのモダンジャスのドラマーに習っている。

この音楽の修業時代と、NHKのドラマ出演とは同じ時期で、また、ジャズバンドでドラムをやっていた時期も同じだ。荒木の最初の小説『ありんこアフター・ダーク』では、音楽の修業時代とドラマ出演のことは省いて、ジャズバンドのことだけを書いたのだという。なんとも多才で充実した十代だろうか。

かつての「大スター」や「売れっ子のアイドル」を後追いで実感するのは難しい


「空に星があるように」のヒットで、大スターになった荒木一郎は、バックバンドをつけて、全国で演奏活動に追われる。合間に、テレビ出演、雑誌の取材、映画の出演までこなしている。その間に、自宅を新築して、そこはサロンのように人が出入りして、友達、音楽仲間、芸能人、将棋仲間、マジック仲間が集まって、夜な夜な麻雀やゲームに明け暮れている。売れっ子の荒木は、交通手段がない夜間に、セスナ機に乗って、東京に帰ってくることもあった。

そういう八面六臂の大スターぶりが描かれた本なのだが、読んでいても私はやっぱり荒木一郎=大スターが実感できないのだ。1968年の時点で私は7歳だが、当然、荒木一郎のことなど認識していない。その後、荒木一郎に対して、ぼんやりとした記憶が形成されたが、それもなんとなくの域を出ていない。荒木一郎本人も、1980年までに、芸能活動をほぼやめてしまうので、私もなんとなくの認識のまま、現在に至っていた。

例えば、荒木一郎よりも10歳年上の石原裕次郎などは、その全盛期を私は知らないけれど、大スターという実感を、後から持つことが出来ている。石原裕次郎に関しては、情報がたくさんあったのだ。

裕次郎は、亡くなるまでテレビに出ていて、私はそれを見ているし、ヒット曲の数も多く、それを聞く機会も多かった。また、裕次郎の偉大さを語る人が、周囲にはとても多かったし、50年代、60年代の裕次郎が全盛期だった日活の映画も、代表作はテレビで何度も見ることが出来ている。

それに比べて、荒木一郎の情報は、皆無に近いのだ。ヒット曲は「空に星があるように」1曲をなんとなく知っていた程度だし、荒木の出演作品といっても、そもそもが主役ではなく、脇役専門みたいな役者なので、何一つわからない。大スター、スーパースターを実感できる材料は、ほとんどなかったのだ。

この二か月ほど、荒木一郎に興味を持って、いろいろ集めてみたけれど、強烈に面白い人間だとは思っても、荒木一郎=大スターという実感は未だに持てていない。

それは、私が得た情報が、ほぼ荒木一郎から出ているワンサイドのものだからだろう。補完できる他人発信の情報を探しているのだが、いまのところ発見できていない。

例えば、本書の中で荒木は、女優の岩下志麻について、同志や仲間のように語っているので、岩下志麻は荒木のことをどのように語っているのかと思って、『美しく、狂おしく 岩下志麻の女優道』という、最近文春文庫になった本を覗いてみたが、荒木の名前は出てこなかった。この本は、映画評論家の春日太一が岩下志麻にインタビューして、半生を語ってもらったものだが、荒木伝説?を補完するものではなかった。

誰かが荒木一郎について語っているものを読んで確かめないと、私の気がおさまらなくなってきた。『空に星があるように 小説荒木一郎』を読んで終わりにするはずだったが、荒木一郎をめぐる旅はまだ続きそうだ。

なんだかな、だ。

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