問い
深夜4時半、私がウイスキーと煙草と陰鬱な歌と歪んだ自慰に溺れていると、部屋の影の隅に私が現れて、暗い言葉を投げかけた。
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うん。もう流石にどうにかしないとね。変わんなきゃな。
君が変われると思うの?
私の言葉に、もう一人の私がそう返した。
さあ。でも生きていかないと。
ならまた仕事を始めるの?あんなに嫌だったことを。また苦しんで苦しんで、死にそうになって、そうして次もまた、周りに迷惑かけてとんずらこくの?
そうはなりたくないな。きちんと毎日やっていきたい。
笑わせるね。君は失敗したじゃないか。
自分が変われば何かが変わるかも。
変わらないよ。君も分かっているだろ?君は君が生きてる世の中に失望したから病んだんだ。
だけどそうやって生きていかないと。
君、昔は死にたくないと思っていただろ。長生きしたいって。
そうだよ。今だって長生きしたい。死にたくないよ。
じゃあ生きていける?これから。
分からない。自信はない。
そうでしょう?
じゃあ私に死んで欲しいの?あなたも死ぬんだよ?あなたは私自身なんだから。
そんなことないけれど......。だって生きていける自信はないよ。これから。
うん。だけど私も胸を張って人生を生きてみたいって、最近思ったよ。この前のデート楽しかったでしょう?
うん。
なんだかんだ悪くないなって思ったよ。たとえ人に笑われるくらい微かな風だったとしても、良い風はいつか吹くのかもしれないって。
そんなの馬鹿だよ。笑わせるよ。
君もまた恋をしたいでしょ?
やめなよ。君は本当に馬鹿だよ。君はもう誰とも深く関わるべきじゃない。痛感したでしょ?君みたいなくずはひとの人生を壊しちゃ駄目なんだ。
そんな風に言って、私がくずなら君もくずじゃないか。
その通り。仕方ないよ。
だけど生きていかないと。
死にたくないの?
死にたいよ。
なのに生きるの?
生きたくないの?
生きたいよ。本当は生きていきたいよ。だけど他人に迷惑かけようとするなよ。
そうだよね。
そうだよ。くず野郎だもの。
いつからこうなったんだろう?
昔から。
そうだね。
うん。
保育園の頃、友達が見つけたきらきら光るパチンコ玉が欲しくて、それを砂場に埋めて、見つけた方がそれを貰うって卑怯な提案したの覚えてる。
それで結局埋めたのは自分なのに、見つけられなくなったんだよね。本当に最低だよ。君は昔から姑息で目も当てられないよ。
本当にね。
じゃあ死ねばいいって思うでしょう?これからもそうやって最低なことをし続けて、他人を裏切り続けて、反省はしないくせに良心は傷んで病んでいくんだ。君はずっとそうだよ。
死ねばいいのかな?
本当は。だけどそうはいかない。だから苛つく。
うん。昔から自分が一番大事だから。
そしてそんな自分が嫌いだものね。
大嫌いだよ。自分のために平気で他人に迷惑をかけて、傷つけて、だけど人間は結局自分が大事なエゴな生き物なんだ、ひとはみんな孤独なんだ、って自分を正当化する。
姑息な上に自分を正当化。救いようがないよ。
そして世の中の大半の連中が、私のことを誤解してるんだ。どうにか気付いて欲しいのに、なかなか自分を曝け出せないから。
そんな汚い姿、見せるわけにはいかないものね。
そう。そして私のことをよく知らない奴らは私を、素直で明るくて良い奴か、大人しいけど本当は明るい奴か、くらいにしか思ってない。
しまいには私のことを知って欲しくて、深い仲の人に汚い恥部を曝け出したって、彼らは「君らしいね」なんて言う。
それで肯定された気になって、ああそうか私らしいのかと自惚れるのにももう疲れたよ。結局誰も私のことなんか知らないし、分からないんだもの。
罵倒されれば落ち込むくせに、肯定されると「私のことを知らない」と反発する。救いようがないね。
その通りだよ。
でも生きていきたいって思ってしまう。仕方ないじゃん。私は命をもって生きてしまったんだし、死ねないんだもの。そう言うしかないよ。
本当に気持ち悪いね。
気持ち悪いよ。知ってるよ。誰も知らないけど、私自身が分かってる。君だけが全部知っているんだよ。だけど私が私を認めて、どこかで慰めてやらないと。
そうしなきゃ本当に駄目になっちゃうよ。
やだね。
うん、嫌。でもやっぱり死にたくないよ。嫌いな奴は死ねばいいと思っていたのに、そうやって手札を捨てて捨てて、最後のカードが自分だった。だけど......。
うん。
やっぱり捨てきれない。私は私の好きところも知っているんだもの。
うん。
美しいものを美しいと思えるところや、臆病だけど、今まで真面目にやっていたところ。雨の音、土の匂い、道草の揺らぎ、虫の死骸、他者の優しさ、そんなものをきちんと見られるところ。
私はそんなところが大好きだったよ。
うん。
家族は私のことを思ってくれている。友達からもさりげない優しさを感じられる。これまで愛してくれていた人たちの言葉を思い出せば、心がとろけそうになる。
うん。
だけど私はそんな人たちや、自分自身まで、全部裏切ってしまうのが怖いよ。
うん。私もそう思っているよ。だけど、私は君自身だから、心配だよ。君にはこれ以上傷ついて欲しくないよ。それでも生きるの?それでも前を向かなきゃと思うの?
うん。いや、分からない。だけどまた朝が来たよ。
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私がそう答えたのを最後に、会話は終わった。酔いが頭に濃い霧を立ち籠めさせ、もうひとりの私は消えた。
明日はどう過ごそう?
そう尋ねたが、返事はなかった。閉め切ったカーテンの隙間から、朝の光が漏れている。もう眠ろう。
外からは車の走る音が聞こえる。
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