最近の記事

晩夏→晩秋

8月31日 驚くべきことだが、今日で8月が終わるらしい。学生は憂鬱でたまらないだろう。 真夜中、外へ出ると涼しい風が吹いており、南の空には強い白光を放つ満月が浮かんでいた。 8月最後の夜に人知れず、こんな風と月の光が染み込むことで、稲穂は肥え、その色を薄めていくのだろうか。 9月20日 キツネは人を化かす。 タヌキも人を化かす。 ムジナもイタチも人を化かす。 そして人も人を化かす。人が最も人を化かす。 イヌみたいに純粋で、ネコみたいにそのままを認められたかった。古い神社に宝

    • 同情と学び:ビールについて

      最近は寒い。特に夜中から明け方は大気が氷のように冷たくなる。 僕はそんな気温を利用して、部屋の小さなベランダで缶ビールを冷やした。濡らしたティッシュペーパーを巻き、氷を乗せ、冷たい水が滴るようにした。 1時間後、ビールはとても冷えていた。僕は濡れたティッシュペーパーを破りとり、手のひらにその冷たさを感じた。 時間は午前3時半を指していて、冷たい風は僕の肌を撫でた。確実な冬の訪れに僕は震え、そんな冷気に僕はこの缶ビールがいたたまれなくなった。 そして寒かったろうなと同情した。

      • 問い

        深夜4時半、私がウイスキーと煙草と陰鬱な歌と歪んだ自慰に溺れていると、部屋の影の隅に私が現れて、暗い言葉を投げかけた。 ・ ・ ・ うん。もう流石にどうにかしないとね。変わんなきゃな。 君が変われると思うの? 私の言葉に、もう一人の私がそう返した。 さあ。でも生きていかないと。 ならまた仕事を始めるの?あんなに嫌だったことを。また苦しんで苦しんで、死にそうになって、そうして次もまた、周りに迷惑かけてとんずらこくの? そうはなりたくないな。きちんと毎日やっていきたい

        • 砕け散る透明な皮膚

          私の会社の今期の目標が額縁付きで壁に掛けられている。それを設置した人は少し頭をひねったに違いない。その「目標」は時計の隣に掛けてあり、時間を見るたびに嫌でもその文字列が目に飛び込むのだ。 私は朝8時45分から夕方5時45分の終業のベルが鳴るまで、何度もそれを見ることになる。先述の通りそれは時計の真横にあるのだから。 『仕事の生産性を高め 付加価値を創出する』 もう覚えてしまった。 忙しい上司はきっと私よりももっとそれを目にしているのだろう。ミーティングの度に、無駄を省いて

        晩夏→晩秋

          温室浴とゆらゆら

          今日、昼過ぎまで寝ていると、友人のAにサウナへ誘われた。 彼はここ最近、サウナにハマっているらしい。支度を済ませ外に出ると、心地の良い晴れた日だった。昼の田園風景はのどかで気持ちが良く、外に引っ張り出してくれたAに感謝した。 車を北に走らせ、昼食にラーメンを食べたあと、隣の県のあるスーパー銭湯へ行った。身体を洗い、いくつかの風呂を楽しんだあと、サウナへ入った。 サウナは3段から成っており、座ったのは一番温度の高い最上段だった。そこで12分間、息絶え絶えになりながら熱風に耐

          温室浴とゆらゆら

          暗い沼・冷たさ・谷底

          表情を作るのが嫌になった。顔の皮の裏側にはどろどろとしたものが溜まっていて、少しでも顔に力を込めれば溢れてしまいそうだ。 繊細な出汁の味が分からなくなった。ただ一定時間を置いてやってくる激しい空腹を埋めるためにしか、食事に関心を抱かなくなった。塩辛くて、油の味があればあとはどうでもよかった。 身体はずっと疲れていて、脚はすぐに痺れる。走らなくてはいけない時は、下半身から意識を切り離して、機械的に早く脚を繰り出した。 毎朝自転車置き場から駅まで走っている。走らないと会社に間に合

          暗い沼・冷たさ・谷底

          靴底

          靴底の神様と街を歩いていた。歩いていると足元に煙草の吸い殻が落ちていて、その火がまだあることに気がついた。僕はスニーカーの裏で、吸い殻の火を踏み消した。火種が残っていては火事になる。危ない。念入りに、ぐりぐりと揉むように踏んだ。 それを見た靴の神は怒鳴った。 「靴底を汚すな!」 神様は真っ赤な顔で怒っている。ええ......。褒めてもらえると思ったのに。

          靴底

          ねじれ

          染野がその長い腕を背に回すと、肩が艶やかに張り出した。ブラウスの襞の影がやけにくっきりと映えている。 するりと僕は縄を通し、手首を縛ると、二の腕に縄を這わせた。胴を一周し背中の結び目を作ると、締められているのとは裏腹に、却ってその背中は広く思える。そのま右肩を経由し、胸の位置で折り返し、左肩へと縄をかける。くびり出され、くっきりと形を露わにした胸の丸みが僕の瞳を撫でる。そして再び背面で縄を結び、僕は彼女の前に腰を下ろした。 上半身を縛り上げられたまま胡座をかき、染野は俯いてい

          ねじれ

          五年前

          夜中、コンビニへ買い物に出掛けて、冷たい冬の風の匂いが鼻に抜ける。侘しい街灯に照らされた暗い田舎道は、僕に高校の頃を思い起こさせる。僕は高校の3年間、眠たい朝も、とうに日の落ちた部活の帰り道も、この道に自転車を走らせた。 僕の高校生時代がもう5、6年前だと思うと、不思議な気持ちになる。それは遠い昔のようにも思えたが一方で、流石に昨日とまでは言えないが、一昨日くらいのようには思える。 高校生の頃は幸せだった。その時にもきちんとそれを感じていた。でも僕の財布はいつも寂しく、月に一

          五年前

          唄とつがう樹液

          この土地の冬は寒い。寒い上に寂しく、食こそ賄えても、娯楽にはとことん乏しい。 腹は満たされるが、心は満たされない。冬を迎えるとこの土地は、そういった場所となる。 そんなこの土地の人々の楽しみといえば、私の樹皮を傷付けて滲み出た樹液を採集し、その甘みを味わうことだった。私の樹液を採るとき、この土地の人は歌に乗せた物語を唄う。どんな物語でもよいが、人々が唄うのはもっぱら恋と性愛に関するものばかりだった。とろけるほどの熱い恋を唄い、加えてその物語が淫猥であればあるほど、私の樹液は甘

          唄とつがう樹液

          川底のとこやみ

          夕食を摂って、温かな風呂に入り、柔らかなままな髪はシャンプーの香りがする。肩のあたりに鼻をつけ、くんくん嗅ぐと肌から石鹸の匂いがする。ぽかぽかとした身体に、洗いたてののひんやりとしたパジャマが心地良い。 ドアを開けると寝台灯の光が、穏やかに闇に寄り添っている。その暖色の灯りに照らされた布団は優しく僕を誘う。僕はするりと布団に潜り込んだ。 灯りを消した。帷を下ろすように、部屋はぱたりと闇に包まれる。しばらく目を凝らすと窓の外の青い夜空がぼうっと浮かびあがった。思い出したように

          川底のとこやみ

          羽化して半年が過ぎましたが僕の翅はどうやら曲がっているみたいです

          したがって上手く飛べない。 * 「ほら、この前、大きい地震あったやん」 「うん」 「で、xx社の例のあの人いるやん」 「ん?」 「ほら......」 「嫌われて面倒臭がられて、硝子細工に触れるみたいに細心の注意を払われてちやほやされてるあの?」 「そう。お得意先の」 「あれがどうしたの?」 「いや、だから地震で......。あそこ大きなのあったから」 《男は咄嗟に顔を隠し、体の震えを収める》 「やっぱ人には優しくしないかんなあ」 * 水の引いた黒土の田の中に、ぶくぶく

          羽化して半年が過ぎましたが僕の翅はどうやら曲がっているみたいです

          アルアンドコール

          その人はそっと僕の肩へ手を伸ばし、指を口元へ伸ばした。5本の指は細く白く、爪が艶々としていた。 僕の唇をそっと割られる。 髪がふわりと香り、僕は口を開いたまま彼の人を見つめる。汗をびっしりかいていた。 美しいその人に、僕は籠絡された。ひたすらに僕は魂を奪われ続けた。身体が軽くなっていき、その人のその爪に触れるたびに心地よく音が鳴った。 ああ、夢を見ているようだ......。 * 私はこの人へ口づけをする。長い長い接吻の後で、私の内臓は混沌として火照り出す。もっと頂戴。もっ

          アルアンドコール

          アヴァンギャルド

          湯煙が空間を濁らせる中、手のひらに力を込め下へ押す。シャンプーがどぷっと白いぬるぬるしたものを吐き出した。シャンプーボトルのポンプは、女性型昆虫宇宙人の頭部を想起させる。薄く平べったい頭と、細く伸びた口。つるりとして硬い表面。ある用途のために限りなく洗練されたそのフォルムに、僕の空想は広がる。 一塊のシャンプーを受けた左の手のひらに右手を被せ、ねちょねちょと伸ばし、数滴の水を含ませ、泡立てる。そして泡の引かないうちに、自分の頭頂部へ持っていく。自らの頭を撫でるように手のひら

          アヴァンギャルド

          腹の中の奴

          僕の腹の中になにかが入った。僕が4月の小雨の中を歩いていた時のことだ。僕の頬が涼しい風に撫でられるのを心地良く感じていた時、ふと思い出した。 帰りの電車の中で、僕の中になにか入り込んだな。 僕は午前中の2時間の講義の為だけに大学へ行き、昼前に電車で帰った。地下鉄に乗り、途中で地上を走る電車へと乗り換える。地下鉄の中はコーヒー豆の残滓を思わせる匂いで満ち、くぐもっていた。地下深くを走るそんな箱に詰め込まれた後だったので、地上を進む電車での景色は全てが清々しかった。おまけに今

          腹の中の奴

          コオロギの歌を遮る

          駅前のコンビニに自転車を停めると、ジジジ......と虫の鳴く声が聞こえる。初めのうち地面に落ちたセミかと思ったが、見回してもセミは転がっていない。そして耳を澄ますと、その声は落ち葉の裏から聞こえてくる。靴の先で落ち葉をそっと退けると、こそこそと小さなコオロギが出てきた。 俺は落ち葉の裏で気持ちよく鳴いていたコオロギの邪魔をしてしまったようだ。彼の顔を見ると、心持ち腹を立てているように見えた。 8月15日、秋はもう既に葉の裏に潜んでいるらしい。

          コオロギの歌を遮る