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ショートショート 1万分の100

*はじめに
この物語は全てフィクションです。

不老ではない、不死でもない。

人の歴史が始まったときに、
彼は神から罰を受け、不老不死から、
1万年の寿命となった。

そして、地上へと堕とされて、
人と共に暮らすこととなったが、
人と同じ時間を過ごすことはできない。

人生が1万年あるとしたら、
人生100年の人の一生は、
彼の時間では、1年にも満たない。

人を愛することは許されたが、
愛した人は、すぐにいなくなる。

その悲しみを繰り返しているうちに、
彼は誰も愛せなくなった。

彼は許されない恋をした。
その燃えるような恋の相手は、
実の姉であった。

神である父はそれを許すはずもなく、
2人を遠ざけたが、

それでも人目を忍んで逢瀬を重ねる
2人に父が気づき、
彼に神の世界から追放する罰を与えた。

追放されたとき、
彼は寿命を与えられたが、
その寿命が1万年だった。

この寿命も父の罰であることに、
彼はそのときは気づかなかった。

人界に堕とされた彼は、
人間たちの尊敬を集め、崇められる。

不自由のない暮らしではあったが、
姉と会えない暮らしは、
淋しさを増すばかりだった。

そんな時、人の中に姉に似た
女性を見つけた。
いや、瓜二つといっていい。

彼は狂喜し、その女性に恋をして、
逢瀬を重ねる。

束の間、訪れたかに思われた、
彼の幸せだったが、
やがて、
これも罰の一つと気づく。

なぜなら彼女は老いてゆくが、
彼はまったく老いないのだ。

最愛の人が、
老いて、亡くなってゆく姿を、
そばで見送ることしか出来ない。

彼女を棺にいれたとき、
彼はこの村から去ることを決めた。

それから1000年程の時間を各地で
彷徨った。

ときには姉に似た人に出会い、
恋をしたこともあったが、
また最愛の人は老いてゆく。

そばで見送ることを繰り返すうちに、
いつしか人との関わりを、
彼は避けるようになっていた。

彼に関わる人の時間は、
あまりに短い。

彼の時間は耐え難いほどに、
とてもゆっくり過ぎてゆく。

もはや彼の望むことは、
父の罰から逃れること
だけだった。

何度か彼は、
終わらせることを試みたが、

いつも奇跡が起こり、
命を取り留めた。

これも父の罰だった。

月がとてもきれいな夜。

わたしはその日、
一人で海岸を歩いていた。

特に理由なんてない。
ただ、疲れていた。

もう、わたしは、
誰も信じられなかった。

愛した人は、わたしを見棄て、
どこかに行ってしまった。

わたしにとって、
大切なあの日々は、
すべて嘘だったの?

わたしは何度も何度も問いかけた。
けれども、だれも答えてくれない。

友だちに相談してみれば、
「話しは聞くけど、
あなたの人生だから、、」
といわれ、

いつしか、だれにも、
相談しなくなっていた。

涙を流しても、癒えることなどなく、
胸に空いた穴は、
塞がることなどなかった。

自分で解決するしかない。

そして、わたしは、夜の海岸へ向かい、
ひとり彷徨うように、歩いていた。

月夜の浜辺は、波が誘うようで、
とても美しい。

砂浜をよく見ると、
月の光を浴びて、男性がひとり、
倒れていた。

じっとしていて、動かない。

遠目にみても、身体はずぶ濡れで、
この砂浜に流れ着いたようだ。

わたしは突然のことに、
気が動転した。

気がつけば、救急車を呼び、
警察に電話をしていた。

やがて警察の方がやって来て、
あれこれ質問されたけれど、

その日は遅い時間だったので、
連絡先を聞かれ、
家まで送ってもらった。

数日後、警察から電話があった。
彼は奇跡的に命を取り留め、
しばらく入院すれば、
よくなるだろうとの
ことだった。

彼がわたしにお礼を言いたい
とのことで、
わたしは病院に呼ばれ、
彼に面会した。

病室で彼と、
あいさつを交わす。

落ち着いた雰囲気。
若そうに見えるのに、
と思いながら、

彼の深くて、
悲しそうな目をみた瞬間、

わたしは、
遠い、遠い、
昔の記憶を思い出していた。

この目。
この悲しそうな目。

この目はわたしを
見送ってくれた目。

わたしはあなたのもとを、
離れたくはなかった。

けれども、
老いだけは、
どうしようもない。

年老いたわたしの手を握り、
わたしの横で眠る彼。

彼は出会った頃のままの姿で、
ちっとも変わらない。

けれども彼はそれが
とても辛そうで、

わたしといっしょに老いて
ゆけないことを、
いつも寂しそうにしていた。

わたしは彼がとても心配で、
かわいそうで堪らない。

だからわたしは、
村の女神様に、強く願った。

「わたしを何度も蘇らせ、
何度でも彼に出会わせて
ください。
彼の悲しそうな目を、
癒すために。
わたしを愛してくれた彼を、
これ以上、
悲しませないために。」

わたしはこの願いを
抱いて、

永い眠りについた。

弟が人界に堕とされて、
私は、闇に包まれた。

何ものの音をも通さない、
暗い闇の中で、

胸の痛みを抱えながら、
私は罰をかみしめていた。

どれくらいの時が
経ったのか。

再び光を浴びたときには、
1,000年の時が過ぎていた。

しかし、私には、
一瞬の出来事に過ぎない。

再び私の耳には、
地上のたくさんの声が
聞えるようになっていた。

私が闇に閉ざされていたときの
声も私に届き始める。

その膨大な声の中、
一つの声に、
私は耳を奪われた。

それは、
1,000年前の願いだった。

その声とともに、
その声の主の魂も、
一緒に彷徨っていた。

私はそれらを拾いあげ、
その願いを聞いてあげた。

それは1,000年の時を超え、
この地上と、
願いの主の魂を結び、

今ここに、現れた。

月がとてもきれいな夜。

永い眠りから覚めたわたしは、
ひとつの弱々しい心と出会う。

消え入りそうなその心は、
あのときのわたしにそっくりで、

わたしはその心に引き寄せられ、
心の奥の嘆きを聞いてあげる。

『わたしにとって、
大切なあの日々は、
すべて嘘だったの?』

そしてわたしは、
その心に、彼女に、

そっと、寄り添う。

彼女はそばにいて欲しかっただけ。
そして、わたしは、そばにいる。

それから、わたしは彼女に、
わたしの燃える想いを告げ、

彼女とわたしは、
想いをひとつにする。

気づけば、わたし達の前には、
女神様がいらして、

そしてわたし達の願いは、
女神様に聞き入れられた。

「私は女神。
あなたの願いを叶えます。
それは私の望みでも
あるからです。

私には果たせなかった
ことを、
あなたに託します。

何度でも、何度でも、
私はあなたをよみがえらせ、
あなたたちを祝福するでしょう。」

月夜の浜辺は、波が誘うようで、
とても美しい。

彼は今回も助かった。

わかっていても、
彼は試すしかなかった。

もしかしたら、次は、
終わらせることが、
できるかもしれないと。

そして、彼は、
病室で目を覚まし、
また失敗したことを知った。

絶望の中、
ベットで横たわっていると、
声が聞えた。あの懐かしい声が。

「かわいそうな弟よ、
あなたをこんな目に遭わせてしまい、
私の胸は、はちきれそうです。
この苦しみは、私への罰。

あなたの幸せを望むけれど、
父がそれを許さない。

だから、私は、二つ、
父に秘密をつくりました。

今日あなたはひとりの女性に
出会います。
私はその女性に
時を超える祝福を与えました。

彼女は亡くなっても、
意識を引き継いだまま、
別の個体として、
生まれかわります。

外見は変わっていきますが、
中身はずっと彼女のままです。

それはあなたの寿命がつづくあいだ、
ずっと続くのです。
もちろん、人の世界もです。

あなたは生まれ変わった彼女を
探す必要もありません。

あなたたちは必ず出会えるように、
私が運命づけました。

ですから必ず出会えるのです。

あなたたちふたりを、
私はずっと見守っています。」

わたしを見た彼は、
目からなみだを溢れさせる。
そして、わたしの手を握る。

わたしもその手を離さない。

人の一生は短い。

わたしはたくさん、
蘇ることになるだろう。

そして、その度に、
彼を探す。

少しずつ老いてゆく彼と、
わたしはいっしょに手をつなぎ、

いっしょに老いて、
いっしょに逝くのだ。

それがわたしの望み、
それは彼の願い。

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