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“ザ・ホエール”鑑賞。My life as a whale. 人生、それは苦しい。だけど、尊い。


ブレンダン・フレイザーと言えば。

ザ・ホエール、鑑賞してきた。
で、主役のブレンダン・フレイザーって実はどんな俳優なのかあまり把握していなかった。

初期に、「原始のマン」(原題: Encino Man)という、謎の邦題がつけられた映画のイメージが強い。
ちなみにエンシノは、カルフォルニア州ロサンゼルスの地区名。

↓私の中のブレンダンは、こういうイメージ

ブレンダン (中央)

なんとも申し訳ない。。

ハムナプトラとか、ぜんっぜん興味なかった。。

以下、ブレンダン・フレイザー紹介。

映画『ハムナプトラ』シリーズ(1999年 - 2008年)や『センター・オブ・ジ・アース』(2008年)で主演を務めて人気を博すが、その後は体調の悪化や、結婚生活の破綻、母親の死などの様々な原因でハリウッドの表舞台から遠ざかる。(心身のバランスを崩した理由については、後述も一因とのこと)

2021年にはDCユニバース作品の『バットガール』で悪役ファイアーフライを演じることが発表されたが、後にお蔵入りとなった。

2022年、『ザ・ホエール』で272キロの巨体を持つ主人公を演じる。フレイザーの演技は高く評価され、同作が初公開となったヴェネツィア国際映画祭では6分間にわたるスタンディングオベーションを受け、第95回アカデミー賞では主演男優賞を受賞した。

セクシャルハラスメント被害

2018年、2003年にフレイザーは、ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人映画記者協会(HFPA)の元会長フィリップ・バークからセクシャルハラスメントを受けていたと雑誌「GQ」のインタビューで告発。この時の心身的ショックによって鬱状態になったことも、第一線から退かざるを得なかった一因であると自ら語っている(インタビューでは、#MeToo運動のおかげで被害告発に踏み切る勇気がもらえたとも語っている。

なお、この一件でHFPA側が声明を出すも公平性かつ透明性を欠き、かつフレイザーへの被害を「ジョーク」と評したことで両者は決裂。しかもHFPAは告発者であるフレイザーの名を実質ブラックリスト入りさせ、彼の出演作をボイコット扱いしたことも後日判明。フレイザーへの敬意を欠き問題を軽んじた対応として、批判を浴びている。

Wikipedia

全然出てこなくなったな、と思っていたらまさかの被害に遭っていた…。
だとしたら、この「ザ・ホエール」での復活は、自身の境遇と重なる部分も多分にあっただろう。
それ故に、アカデミー賞主演男優賞受賞は彼にとって過去のトラウマを改善へと導く、未来への証しとなったに違いない。

なんなんだ、後になってから真実味を帯びてくるこの現象は。(恐らく、私だけなんけど)


序盤から

とんでもなく陰鬱。
合わせたように流れる音楽も、でかい鯨がただ海で彷徨っているだけのようなノイズが耳心地悪い。

ブレンダン・フレイザー演じるチャーリーは、272キロの巨体を抱える男。体重増加による心臓への負担が酷いようだ。死期まで一週間も保たないらしい。更に過食に走るシーンや冒頭からのマスターベーションもこんな息も絶え絶えよくやるな…とりあえず後ろ暗さが満載。

そこにやってくる自称宣教師の青年が所属する“ニューライフ”なる教会もマルチやカルト臭ぷんぷん、これでもかってくらい鑑賞者にダメージを喰らわせてくるこの感じ…やっぱA24だわ…

余談だけど、ニューライフチャーチなる存在が気にかかりググってみたところ、日本にも各地に点在している。
アメリカのチャーチでは、男性売春絡みのスキャンダルで「性的不道徳」行為により、創始者の牧師が辞任していたり、コロラド州での発砲事件では2人が死亡していたりと、なんとも胡散臭い新興宗教団体であった。


彼の部屋に現れる人々の妙

宣教師のトーマスに続き、現れるのが看護師のリズ。
また彼女もちょっと奇妙。
明らかに面倒くさそうにチャーリーの世話をするリズ。
なのに、「あなたは親友」とこともなげに言う。
そして、トーマスに告げる。
「チャーリーは、ニューライフに彼氏を殺された。帰れ」と。

彼氏?
あれ、娘いたんじゃなかったっけ?

色々と進み方が謎で不気味で、上上な脚本なのである。
これは面白い…

チャーリーは、十年近くも会っていない娘にコンタクトを取る。
ここでセイディー・シンク扮する娘のエリー登場。
この子の、複雑な思いを抱える中、隠しきれない父への恋慕を読み取られまいと散々悪態をつくクソガキの演じ方…これも適切すぎてグッとくるんよ…
いや、そんな好かんなら普通会いに来んって!

そして、お金と引き換えに彼女にエッセイの指導をする事になったチャーリーだが、ここが一つのチェックポイントとなる。

デブだの臭いだの言いながらも毎日やって来るエリー。

その数日の間に、ピザの配達員にトーマスやリズが入れ替わり立ち替わりやって来るのだが、最終的には元妻まで訪れる。
すべて、この家の中だけで起こっているのである。
たったそれだけの事なのに、心を揺り動かされるエピソードでてんこ盛りなのだ。

はてさて、悲劇なのか喜劇なのか。

改めて、素晴らしいとしか言えない。


人は人を救う、メサイア(救世主)足り得るのか?

ニューライフチャーチの自称宣教師トーマスは、チャーリーの魂を救いたい。
リズは、兄の恋人であり親友であるチャーリーの死際まで側にいてあげたい。
エリーは、なぜ自分を捨てたのか知りたいし、自分の存在に何の意義があるのか父に問いたいができずにいる。
元妻も、夫にゲイである事を隠されていたという不信感を抱きつつも、人間として馬の合うチャーリーの本質は知っており、瀕死の姿を嘆く。
ピザ屋はピザ屋で、対面した事はなくても具合の悪そうなチャーリーを何気に気遣う。

それが、どうだ。

宣教師トーマスは実は親に見捨てられた悪ガキで、最終的にはチャーリーを
“disgusting” 『おぞましい』と捨て台詞を吐いて立ち去る。

ピザ屋は、一目チャーリーを見て、
「うっわ、なんなん、めっちゃデブやん!きっしょ!」みたいな一番最悪なパターンで逃げる。(ここは可哀相ながら少し苦笑してしまった。妙ちきりんな人に会った時、よく取りがちな態度よね、と。自分も変な人扱いされるからよく分かるし悲しいけど、やっぱ笑っちゃう)

リズは言う。
「人が人を救えるだなんて、そんなことはない」
自分こそがその人の救いになるだなんて考えは、とてもおこがましいし、相手を自分より下に見ているからこそ言えるのだと。

それでも、チャーリーはヤサグレた娘に希望を与えたい。
親らしいことは何一つできず、置いてきてしまった娘に、
「Evil(邪悪)なんかじゃない。君は素直な子だ」と、「素晴らしいエッセイを書く才能を持っている」と、「自分と違って、良い未来があなたには待っている」と。

チャーリーは、トーマスを(ワザと)見放すことにより、本人のゲイに対するバイアスに気づかせてあげ、かつ人を救う気などさらさら無かったことまで悟らせる。
彼には宗教は必要無かった。
チャーリーは彼を救ったのだ、どんなに蔑まれた最期になろうとも。

自分が救われずとも、人を掬い上げてやることは可能なのだと。

ギブアンドテイクじゃなくても、無償でも出来るものなのだと、チャーリーに気づかされるのだ、見ているこちら側が。


自分を省み、最後まで救われなかったとしても。

もう、エリーはほぼほぼ父を許している。けれど、罵詈雑言を浴びせ続ける。そうでもしないと、父と向き合えないから。

チャーリーは、エリーを慮る言葉をかける。
「白鯨のこのエッセイは、あなたそのものだ。」と。

そう。
冒頭からずっとうわ言のように口にしていた台詞は、中学の頃エリーが書いた、ハーマン・メルヴィル著『白鯨』の感想文なのだった。

チャーリーが大学で教えていたのも文章の起稿や起承転結、推敲の方法。
エリーはチャーリーの才能を引き継いでいたのだった。
これこそ希望、というか知らずして娘に与えていたギフトだった。

エリーも自分のエッセイだと気づき、始めは憤慨する。

「こんなエッセイのどこに価値があるのか。自分は最悪の人間だ。まともじゃない。未来なんてない。」
そう卑下しつつも、実は父が数年も前から自分を気にかけてくれていたことに気づく。

そして、一番言いたかったこと。

「なぜ、一度も会いに来てくれなかったのか?」
自分は、愛されていなかったと思うエリー。

チャーリーはチャーリーで、父親が“彼氏”と一緒に逃げた、という腑甲斐ない思いを娘に抱かせていること自体が心苦しい。

チャーリーは自分自身を省みる上で、やはり自分で自分を許すことはできなかった。
彼氏を死なせてしまったのも事実だし、家族を捨ててしまったことも取り返しのつかない過去だから。

それでも、チャーリーはエリーに希望の言葉を与え続ける。
最期が迫っているその瞬間まで。
エリーに、本人のエッセイを読むように促す。

自分で書いた白鯨のエッセイを読むエリー。

“鯨には感情がないのに、復讐心を燃やす船長が哀れに思える。鯨の描写のみで進んでいく物語は退屈だし、悲壮感すら感じる。作者は自分の不幸を延々と語ることで、もしかして読み手への救いを見出してあげようとしているのではないか?”

その後の言葉は濁しているものの、
“だから、私は自分の人生を振り返ってみて改めて考えることができて良かった、そう思えるようになった”

エリーがそう言い終えると同時に、事切れそうになっているチャーリーがよもや立ち上がったのだ。

立ち上がった巨体は、まるで鯨のようだった。
鯨になったチャーリーは、白い光の中へ吸い込まていく。
エリーの本音が聞けた瞬間、彼はあの世へ行く決心がついたのだと思う。

人生において、自分を許すことはとうとう出来なかった。
でも、最期に娘に希望をあたえられた喜びをもって、天国に召されることの意義を見出すことができたなら。

リズに言われた、
「あなたに出会っていなければ、兄は自分を受け入れられずにもっと早くに死んでいただろう」という言葉が聞けたのであれば。

どんな最期であろうとチャーリーの魂は救われ、それは希望の未来=エリーの未来に繋がるのだ。

「君はとんでもなく素晴らしい人間だ!」

この言葉に何ら偽りはない。
チャーリーからエリーへの、最初で最後の本音であり希望であり、贈り物であった。

たたみかけるようなラスト。
スクリーンが真っ白になって浮遊感を味わった瞬間、
この映画を最後まで観続けて、私自身も報われた気がした。


END



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