読み直しの技術
文章に携わる多くの人が、表記ゆれや誤字脱字をなくすために戦っている。
なぜ表記ゆれや誤字脱字がだめなのか。
表記ゆれについて一部のブログで「脳に負荷がかかる」と説明しているが、その多くは出典がなく、私が調べた範囲では根拠となる論文なども見つからなかった。
個人の感覚としては「そうだよなあ」と妥当に感じたものの、論文をいくつか見た範囲ではコンピュータで機械的に処理しにくい、という産業的理由が問題視されているようだ。
もし明確な出典があればご教示いただきたく思う。
たとえば創作や言語・民俗学の研究においては方言やコミュニティ由来の表記ゆれは言葉の豊かなバリエーションなのだが、一方で誤字脱字は言葉のエラーであるため極力ない方が望ましい。
ただ、それらをなくすための努力は地道な苦行でいまだに絶対とよべる回答がない。
でも、いくつかの方法を組み合わせれば、言葉のエラーはゼロにならないまでも数を減らせる。
誰かの手助けになることを願い、私の思いつく方法を書いておく。自分にあった方法を試してもらえれば幸いだ。
見え方が変わると姿を現す
違和感に気づくためには、書いた・入力した文章をそのままでなく、別の媒体で見るといい。
物書きの間では「縦書きにする」「スマホで見る」「ウインドウ幅を変えて改行位置をずらす」など派閥があるようだが、どれも隠れていた誤字脱字をあぶりだすのに効果があると感じる。
だまし絵の仕掛けを一点ばかり見ていては気づかないのと同じで、視点を変えると着眼点も変わる。
デジタルの文章なら、仮の段階でいったん印刷するのも手だ。
声に出すと気づくこともある
音読も同様に違和感の発見に効果がある。
これは誤字脱字にくわえ、意味の通りづらい箇所や単調な文末表現などにも気づきやすい。
声に出して読む際、気づくタイミングは二つあり、発音につまった際と耳で聞いた時だ。前者はパソコンの変換で出やすい難読字や長すぎる文章を、後者は言葉としてのリズムの悪さをあぶりだしてくれる。
一晩寝かせることで気づきのタイミングが得られる
三つ目の方法はクールダウンの時間をとることだ。
これは私が駆け出しの頃、先輩から教わったことで、「原稿は一晩寝かせて読み直す」ことの効果はすぐに実感した。
人間は一晩休めば書いた内容をある程度忘れる。
書いた直後は内容を覚えているため問題のある文章も脳が補完してしまうが、記憶が薄れてから読むとはじめて読む読者の立場に近づける。
締め切り前などで一晩寝かせる時間がない場合も、コーヒーを淹れるなどいったん離席し、原稿から気がそれた後で読むと近い効果が得られる。
最良の選択は「誰かにみてもらうこと」
読者の立場になろうとしても、人間は他人にはなれない。
誤字脱字をなくすだけなら、一番ベストなのは誰かにみてもらうことだ。
ただ、会社や顧客の文章など守秘義務のあるものはそうもいかない。
趣味の創作だって、見せるのははずかしい気持ちもあるだろう。
残念ながら、他人に頼ることは多少のリスクをともなう。
もしこの選択をとるなら、見せる前に相手に何を望むか、はっきりさせておくといい。
内容の批評まで望まないのなら「誤字脱字だけ見てほしい」と伝えるほうが、がっかりしたり傷ついたりする確率も減る。
あるいは肯定的に評価しあえる、心理的安全性の担保されたコミュニティに頼るのも手だと思う。
それでも誤字脱字はなくならない
これらいくつかの方法と、書いて読み直す経験を積み重ねることで、誤字脱字を見つける能力はある程度向上する。
ただ、残念な事実として誤字脱字はこの世からなくならない。
実際に企業のWebサイトや書籍をみても、意外とどこかに誤字は見つかる。
私も、はじめての小説を書いた時は三か月かけて校正とブラッシュアップに努めたはずが、本になってから半年たって、とうとう一つ見つけた。
誤字脱字はなくせないと言うと、物書きのはしくれとして言い訳しているようにも聞こえるだろう。
でも、現実はあの聖書ですら致命的な誤字をやらかしているのだ。
「半年たってから誤字を見つけた」
この事実にがっかりすると同時、少しだけほっとした。
半年かかったのだ。誤字ひとつ見つけるのに。
それだけ違和感なく読めたなら、十分読みやすくする努力はできた。
そう思うことにした。
洗練された文章とはどんなものだろう。
先日、分野のちがうUIデザインの講義で聞いたたとえを思い出す。
「本当に優れたデザインは、道具が道具であることを意識させないほどに透明になる」
記憶頼みなので多少違うかもしれないが、言葉を聞いた瞬間、まさにそうだと感激した。
本当に美しい文章は、誤字がないことにすら気づかない。
みんな、それを目指して努力するから美しくなるのだ。
直接引用はしていませんが、参照した文献を以下に載せておきます。
小椋秀樹.コーパスに基づく現代語表記のゆれの調査 ― BCCWJ コアデータを資料として ―.第1回コーパス日本語学ワークショップ予稿集.2012, 321 - 328.
山本 和英.日本語の表記ゆれ問題に関する考察と対処.Japio year book.2015,特集・寄稿集編, 202 - 205.
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