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原島里枝さん詩集 「耳に緩む水」を読みました。

はじめに

原島里枝さんの第三詩集「耳に緩む水」を拝読しました。後書きに僕と妻への謝辞を送っていただいていたり、以前僕が里枝さんにツイキャスでインタビューさせていただいた際に書いてくださった詩「人魚になれなかった」が掲載されていたり、著者ご本人とも普段親しくさせていただいておりますが、さらに、「耳に緩む水」は僕にとって縁の深い詩集と言えます。非常に素敵な作品なので、まだ読んでないかたにお薦めするために、この文章を書かせていただいています。最後までお読みいただけたら嬉しいです。

1「装丁について」

こちらの詩集を語るにあたって、その美しい装丁に触れないわけにはいきません。マチコさんというかたによる、掲載詩をモチーフにした画が掛けられている廃屋の光射す様子を内表紙として、そこに、さらりとした質感の半透明の表紙と完全に透けない水色の帯。半透明の表紙にはタイトルと花とティーカップと、そこから緩んで零れ落ちていく水の分子が描かれています。全体的に青みがかった色調で、帯には西脇順三郎を引用した、詩人の高橋次夫氏の言葉が掲載され、美しさと愛らしさの中に文学的な香気を足しています。

表紙を捲ると、異なる水色の透ける紙が二頁あり、扉、目次となりますが、そこまで進むだけで、発売を待ちに待ったお菓子の蓋をワクワクしながら開ける時の気持ちに似た楽しさがあります。本屋さんで、つい手に取りたくなる本なのです。


2「序」~「I」
ここからは、セクションごとに感想を述べたいと思います。まず「序」として、「ガラスペン」という散文詩が置かれています。この詩集「耳に緩む水」が「うつろい〈秋〉」と名付けられた美しいガラスペン=詩を使い、「心の中のアンニュイを溶かし込ん」だような作品であることを暗示しています。繊細さと、華麗さと、物憂さの調和・融合の、宣言まではいかなくとも決意や希求を伝える美しい文章です。

それから第一セクション。「めしべの心皮」「水たまり」と、広範な意味での生と死をモチーフにした切ない詩が並び、その後も行分け詩の丁寧な作品が続きます。理系の里枝さんらしく、専門的な単語や耳慣れない語彙もありますが(僕は「知らない言葉愛好家」なので嬉しい)、それらが美しく配置され、インパクトの強い結末の「沈黙の錆」まで、滔々と読ませてくれます。

3「II」~「III」
ここから、作者である里枝さんと詩の中の「わたし」(詩主体)と「詩の主人公」の距離が近くなるのが感じられます。また、「III」から、行分けでない散文詩が入ってきて、変奏に富み、快い驚きが生まれます。

知的な宿酔いの詩「ゆめの枷」、過去とギリギリの【いま、ここ】を、熱感知という自然のセンサーを援用して対比させる「炎暑にて」、聴覚や嗅覚(現在の瞬間)を用いて詩情をそっと捕らえる「内耳の奏楽」「フレグランス」を経て、「III」に入ると、花、水、星と言った煌めく世界観が万華鏡のように一瞬(数編)挿入されます。この一瞬の華やかさをアンニュイさの中の希望と取るか、却って切なさを増幅させる効果・装置と取るかは読者の性格に依るところでしょう。

ちなみに、「III」の中の人魚をモチーフにした連作の一篇「人魚になれなかった」を、以前僕のツイキャスで朗読させていただいたことがあり、思わぬ邂逅に小躍りしました。(一年程前の、僕と里枝さんとで、「うた」をお題に一篇ずつ詩を書き、交換こして朗読するという企画でのことでした。)

4「IV」~「あとがき」
「IV」は散文詩が纏められ、より一層里枝さんと詩主体の距離が縮まるような感覚を与えられます。そうすることで、寂しさや、やりきれなさ、「人生の中の、腑に落ちないけれど、処理できないまま前に進むしかない事象」が浮き彫りになりますが、川・水(雪・雨)・流れるという概念をキーとして世界の浄化と飛翔への志向が提示され、最後の詩「フリースタイル」では、鳥が羽根に孕む風を吹かせて、詩的余韻を残し、希望を持って、この詩集は終わります。ここには、「この詩集は終わります」という表現では足りない「離陸と別れ」があり、擬人化された「詩集・耳に緩む水」との、「また会いましょう、さようなら」という対話、彼女(耳に緩む水)の手を振る姿が見えるような、丁重で暖かな空白があります。

「あとがき」には、不確かな「絶対=ゆるぎないもの」の希求、自らの手に持っていないものを、「今」持っていないことによって、その存在自体の根拠とする姿勢が描かれています。また、里枝さんの律儀さが存分に発揮された謝辞(僕と妻の名前まで!)で締め括られ、本を閉じると裏表紙には、半透明のカバーの向こうに、詩にリンクした絵画が掛けられた廃屋が配置され、丁度それらを思い出した時に掛かる記憶の靄のように見えます。

真っ直ぐで、丁寧で、知的で、繊細な原島里枝さんのお人柄が詰まった、素晴らしい文学作品です。読むと詩集が作りたくなります。

未体験のかたは、是非ご一読あれ。

おもとめは、こちらから。

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