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直木賞的芥川賞級の傑作「ゴリラ裁判の日」

 なんとも素晴らしい小説だった。須藤古都離「ゴリラ裁判の日」。いささか意味不明なタイトルと、デフォルメされたゴリライラストの表紙で敬遠してしまってはもったいない傑作である。

 カメルーン生まれのメスのローランドゴリラ・ローズは人間と手話で会話ができる。アメリカの動物園で幸せな日を過ごしていたが、ある日、夫であるゴリラが檻の中に落下した4歳児を引きずったため「幼児を助けるために」との理由から射殺されてしまう。人間の命とゴリラの命の軽重を問うためにローズは裁判を起こす。

 すごい設定を考えたものだ。巻末の「謝辞」で作者はベースに2頭の実在のゴリラのエピソードがあることを述べている。

 ハランベは、2016年にアメリカの動物園で檻に侵入した3歳の子どもを引きずり回したとして射殺されたゴリラ。

 そしてココは70年代から80年代に研究対象になった手話を話すゴリラである。「動物は死んだらどうなるの?」と聞かれて「苦労のない 穴に さようなら。」と述べたというエピソードで有名だ。なんとも“深い”お答えではないか。

 本作は、主人公ローズによる一人称を通じて、動物と人間の命の価値、種による差別、動物虐待、現代アメリカ文化の歪みなどを問題提起する。それが法廷サスペンスのエンターテイメントと融合、すっかりローズに感情移入してしまってページを繰る手が止まらなかった。

 ローズが育ったジャングルの描写もなんとも美しく、「ザリガニの鳴くところ」を思い出した。

 違和感もある。

 文化的バックグラウンドがまったくないジャングルからやって来たゴリラがいきなりここまで高度な“人間観察”をするだろうか。設定として知的レベルがあまりにも高すぎる。「こいつ、俺より賢いぞ」って、これは根底にゴリラへの差別感情があるのか。

 直木賞的エンタメ性を持った芥川賞的傑作である。満場一致でメフィスト賞が決まったというのも理解できる。こういう掘り出し物に当たるのだから、やっぱり書物の森の逍遥はやめられない。

 これからは動物園でゴリラを見る目が変わりそうだ。というよりも、ゴリラに会いに動物園へ行きたくなったよ。

 須藤古都離さんに俄然注目だ。

 第二作『無限の月』冒頭がネットで公開されている。これだけではどんな作品がわからないが、夏の刊行を期待して待つ。


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