般若心経を2時間で暗唱できるようになった話

初詣のシーズン、お寺を訪れる機会も多いですよね。そんなとき、般若心経を覚えていると、本格的な参詣がスムーズです。でも

「276文字しかないのに覚えるのはたいへん……」
「何度も音読してみたけど覚えられなかった……」

そんなときに試してみてほしい記憶術を紹介します!!

2017年5月に法事があり、お経しか手元にない状態で、これを機と思い立ち、人生何度目かの般若心経暗記に挑戦した。

般若心経といえば、一般に仏教の「お経」として想起されるものの代表格だと思う。子供の頃から読経の際に触れることがあったので、「素読」のような一種の知的トレーニングとして、ずっと覚えてみたいと思っていた。これまではひたすら唱えてみるばかりだったのだが、ずっとうまく行かなかった。自分は暗記に向いていないと思った。

般若心経は漢語で表現されている。全部で276文字あり、数文字ごとにフレーズになっている。
暗記するパーツである各フレーズを覚えることはできた。フレーズごとに口の流れとして習得できるのだが、それを組み立ててひとつながり流れに再現しようとすると、暗唱を続けていくと前後のつながりがごっちゃになってしまう。そういうトラップが般若心経にはある。
「依般若波羅蜜多故」が2回、その他にも2回出てくるフレーズがいくつかある。

発想を変えて、別の記憶術である場所法を試した。家から職場までの道順に「度一切苦厄」とか「色即是空」という節がドンドンドンと立ち並んでいるのを想像するものだが、なかなかうまく行かない。色即是空と空即是色のように、対応したり、類似したものがあって、ごちゃまぜになる。これは単純朗読でも同じで、個々のフレーズは覚えているのだが、その順番を抜かしたり飛ばしたりしてしまうのである。

そういうわけでやはりもう一つ別の記憶術であるチャンク法にした。
通勤路にあてはめるということをせず、経文をたくさんのちいさなかたまりにわけ、それらがとる相互の関係性を重層的に看取することを通じて、記憶の網を細かくすることを企図した。

まず、ポストイットでフレーズごとに書き出してみた。
そもそも、単純な只管朗読で色即是空ぐらいまではなんとか記憶してしまえるのだ。
問題はその後に来る、「無」リッチドメインである。無色無受想行識から無有恐怖までの領域、ここが私の弱点だった。写真では赤で丸をつけたが、とにかく「無」が多い。どこまで来たかを見失ってしまう。
無有恐怖まで走り抜けられれば、あとはまたなんとかなりそうだと思った。
無リッチドメインを三つのパートに分け、

1. 一対一の対になったフレーズが五回続く(無色ー無受想行識/無眼耳鼻舌身意ー無色聲香味觸法/無眼界ー乃至ー無意識界/無無明ー亦ー無無明盡/乃至無老死ー亦ー無老死盡)
2. 対になってない三連続の五文字フレーズ(無苦集滅道/無知亦無得/依無所得故)
3. 三連続の四文字フレーズ
また、2と3をつなぐ「菩提薩埵/依般若波羅蜜多故」という「リンカー」フレーズ。

特に、1の中身と、2につなげるところでつまづくということに気がついた。それぞれ「フレーズ文字数の増減に還元してつかむ」「こじつける」というあたりを援用することで解消した。

これは今回うまくいった。
要するに、場所法のように単純な道順を使うのではなく、行程を俯瞰する地図を作る住所をチャンクとして設定していくことになる。その方が自分の記憶の様式に合っていたと言うことになる。
人生の中で長いこと未消化だったミッションをついにやり遂げた満足でいっぱいである。

般若心経を暗記した私が、その後一ヶ月ほど毎日般若心経を暗唱していたが、日に日にスムーズになっていた。スムーズになるのみならず、意味も次第につかめてきている。最初にポストイットで作った最初のチャンクが、本来の意味からは異なる切りかただったのに気がついたこともある。写真では究竟涅槃三世諸仏をひとつのポストイットに書いてしまっているが、意味上はそれぞれ別のパートに位置することになるようだった。
それからしばらくして、暗唱しない期間が空いた。しかし、忘れても、もう同じ方法で再度暗記すると言う確信があった。事実、また少しこの上のポストイットの写真を眺めていたら、記憶を再構築することができた。
今はもはや、かつて自分が般若心経を暗記できていなかったということが驚きに思える。

自分が般若心経をチャンク法で2時間程度で暗唱できるまでに記憶できた背景には、いうまでもなく、かつて只管朗読を繰り返したことが大きいだろう。いくつかのフレーズのつながりを既に覚えていたり、リズムが頭に残っていたりした。

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