生命科学・ポスドク留学のリアル
浜地貴志
ドナルド・ダンフォース植物科学センター(米国セントルイス)
いただいたご感想
はじめに
ショートトークということで、留学のリアルについていきなり語っていきたいと思います。
【ご案内】本稿と前後して、留学と為替について考えた記事をUJAのnoteに寄稿したので合わせてご覧いただけると参考になるかもしれません。
留学の大前提はサイエンスの大前提
一番伝えたいことは、留学以前にそもそもサイエンスっていうのはどういうことかっていうことです。 極端に言ってしまえばサイエンスは、国籍も文化も異なる人たちが寄り集まって間で知識を共有して、そして知識を作り出して行く。これがサイエンスそれ自体ですね。それを、留学では如実に感じることができる。
わたしはそういう経験をしました。2010年にソーク研究所(米国カリフォルニア州サンディエゴ近郊ラホーヤ)に2ヶ月滞在しました。この時に、自分も末席で貢献していたプロジェクトがたまたまScience誌に受理されました。その時にわたしが実験しているところにボスがやってきて、
“Hamaji, we got a thumbs-up for Science!”
っていうふうに伝えてくれたんですね。それはすごく強烈な体験でした。
その論文の著者では20人ぐらいがチームになっている。様々な国籍・出自のチームで、もちろんアメリカと日本だけではなく、中国出身であったり、インドであったりというメンバーからなっていた。そういうチームで「一つのこと」をわかろうとしていた現場を目の当たりにしたし、目の前で受理された。直前には、リバイズのために苦労しているポスドクも目にしていた。百聞は一見に如かず。強烈な経験がありました。
留学の不安?
留学について不安だという声が多いようですね。その不安を解消したい、というのが今回の会の主旨です。
行く前には留学自体の不安っていうのは絶対にあります。2010年に初めて私が留学する前はもう本当に不安で、アパートの部屋の中で膝を抱えて泣いていました。
行ったのは1月だったんですけど、サンディエゴは気候も最高だし、景色も最高で、なんでこないだまで泣いてたんだろうって思いました。
留学が「不安だ」というより、わたしが邪推するところ、留学は有利か不利かという悩みがあるのではないでしょうか。
私は率直に言ってしまいますが、留学はそれ自体、有利でも不利でもありません。全然そんなことはないと思います。
20年前は分子生物学実験自体が日本では盛んではなかった時代もありました。しかし、今では機材や資材やサービスや知識はすべて一緒です。論文もPDFで送られてくる時代ですから、情報のコストはありません。
植物科学に限って言えば、日本の植物科学のレベルは非常に高く、実感としても強いです。実際、日本は植物科学分野で優れています。そういう実感を持っていてもいいと思います。
どこでもサイエンスはサイエンスですし、「箔をつける」というのも変な話だと思います。そこで研究をしたい、やれる、やりやすい、と考えるから行くのです。
私が住んでいるセントルイスというアメリカ中部の都市では、沿岸部のボストンやカリフォルニアなどを除けば、本当にアメリカ的なアメリカです。しかし、そこにもデメリットは多くあります。例えば、プライマー(オリゴ)が翌日届かないことです。東京や京都では一本から注文して翌日に届くのに、セントルイスでは数日かかりますし、無料配送も最低50ドルからです。これってア○ゾン? おまとめ便? って思いますよね(笑)。しかもアメリカは家賃も高いし(沿岸部は特にですね)、交通もダメです(これは沿岸部より中部の方が顕著ですね)。
治安
でもそれ以上に大変なのが治安ですね。私自身10年前に、セントルイス市街とセントルイス空港を結ぶトラムで、拳銃強盗にiPhoneを奪われました。これは実際はレアケースではあるのですが、そうは言っても市街地で時々シューティング(発砲事件)があるといいます。
そういう経験がありますので「ひと気(け)のない所に注意しろ、特に、ひと気がさっきまであったところが不意にひと気がなくなることもある」っていうことは、まず強調しておきたいと思います。これは今回の裏のテークホームメッセージの一つかもしれません。
野生の勘を研ぎ澄ましてください。
失敗談
「失敗談を共有してほしい」というアンケートがありましたので、私が留学した際の失敗談についてお話ししたいと思います。
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