モンブランとぱたぱたおじさん
地下鉄駅に通じる階段の踊り場に、ひっそりとその入り口はあった。
ケーキがおいしいという評判を地図アプリで手に入れていた私は、ためらわずドアノブに手をかける。
「一人で営業していますので、お待たせする場合がございます」と貼り紙。
ふむふむ、と私は思う。
時間に余裕はあるから問題ない。
「いらっしゃいませっ、お待たせするかもしれませんがっ」
店主であろうおじさんが、カウンターの向こうから、顎をしゃくって言う。
「あ、かまいません」
私はカウンターに近寄り、おじさんの斜め前に座る。
ジャズサックスが流れる、黒を基調とした内装。
店内はほとんど満席で、食器とカトラリーが擦れるかちゃんかちゃんという音と、おじさんのぱたぱたという足音が、キレのあるサックスの音に混じって響いていた。
おじさんはすごいスピードでお冷を注ぎ、きゅきゅっとカウンターから回り込んでこちらにやってくる。
「ご注文お決まりですかっ」
「あっ、ええと、もうちょっと待ってください」
おじさんはカウンターに戻っていく。
メニューをじっくりと吟味して、おじさんを再度呼び、モンブランとウィンナーコーヒーを頼む。
注文を受けたおじさんは、身を翻してカウンターの中に入り、あっちで豆を挽き、こっちでカップをあたため、そっちでケーキを皿に移し、と大立ち回りを見せている。
私はその様子をぼうっと眺めながら、清々しい気持ちになった。
カップがソーサーの上に置かれる、かちゃり、という音が小気味よくリズムを刻む。
くるくると動き回るおじさんを横目に、満席のお客さんたちは皆のんびりと過ごしていて、その対比も心地よいのだった。
噂どおりケーキはとても美味しくて、栗のほくほくとした甘みが口に残った。
楽器を吹くように、踊るように、日々は過ぎる。
そのかたわらで、私はのんびりとモンブランを食べていたい。
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