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雨…la vie en rose。


いつだって、幸せは目の前にある。どんな些細なことだってすべてが奇跡的に成り立っていて、そこに氣づくか、氣づかないか、だけ。


窓越しの世界が、さらに美しくなるために、洗われていく。


アスファルト。コンクリートの壁。電柱。路駐された車。傘。人間が創ったものすべてを洗い、大地に恵みをもたらしていく。あの日の涙だって。誰にもわからないように洗い流してくれたのは、雨だけ。遠雷だって、泣き声を隠してくれた。


そう、孤独な私に。自然はいつも、優しかった。


怖がりで臆病だった君は、“ゴロゴロ” と表記するには可愛すぎる音にバツが悪そうに、しかし大人の強がりなのか体裁なのか平氣な振りをして、黙って立ち尽くしていた。


遠雷が連れてくる瞬く間の通り雨。向かいの駐車場にいつも停まっている赤い車。ボンネットの上で日向ぼっこをしながら眠る猫は、今はさすがにいない。きっとどこかで雨宿りをしているに違いない。案外、すぐ近くに…車の下にでもいたりして。


猫がどこにいるのかなんて、わかるはずもない。自らの経験という物差しにあてがって、おそらくこうだろうと仮説を立てて思考をするのが、人間という生き物。いつだって物事を複雑にするのは人間で、本当はわかり合えるのに諦めて。





見て、見ないふり。














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あの日。
君は、黙って見つめていた。


畳んだ傘の先から伝う雨で、乾いたコンクリートに、歩きながら絵を描く、私を。ノートの端によく落書きしていたイラスト。一番得意な絵。


それは、薔薇の絵だった。


どうせ、こどもみたいだと思われていただろう。どうせ、君には何の花か、わからなかっただろう。


色をつけられたらいいのに、って。
呟いたような氣がする。


花言葉は色で変わるんだから、って。
そんなことも、言った氣がする。


君の名と、私の名を、添えながら。










あの日、どれくらいそこにいたんだろう。雨宿りに飛び込んだバス停には誰もいなくて、トタン屋根を叩きつける喧しい雨音だけが、私たちの聴覚を支配していた。互いに交わす言葉もなく、少しずつ消えていく薔薇の絵に、この目で、色を付けながら。


届けばいいのにと思っていた。


同じものを見て、同じものを聴き、同じ時を過ごすなかで、君と私がどこまでも深遠に異なる存在なのだと、思い知ろうとも。私はずっと、此処にいる。君と私は違うからこそ、補い合えるのだと。だから君と私は、出逢ったのだと。


君は、雷雨が嫌いだった。世界は自分を脅かすもので溢れていると、君は思い込んでいた。だから、薔薇を描いてみせた。憎むものなど何もない。通り雨は所詮、通り雨。苦しみも悲しみも、永遠ではない。そして洗い流されたあとの、残る輝きに。目を、向けてほしかった。












たとえ、薔薇が。
乾いて、消えても。














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小雨になった。向かいの駐車場にいつも停まっている赤い車を、太陽が照らす。キラキラと輝いているのを眺めていると、いつの間に現れたのか、駐車場をいつもの猫が悠々と通過していく。車の下にいたかどうかは定かではない。さすがに雨に濡れたボンネットはお氣に召さないらしい。こんな様子をもし、ほら見て見て、と言ったら君は、まともに取り合ってくれただろうか。


君にこの、雨上がりの世界の美しさを説くことよりも、見ようとしなければ見えない、別の世界が共存しているのだということを。もっと直線的に伝えられていたら、と。愚かな私は離れてみて、氣づいた。実態も温度ももう此処にはないのに、君というホログラムと見つめ合うと、今まで血が通っていなかったのかと思うほど体中が熱くなって、締め付けられる。


どうしてこんなにも、泣きたくなるのだろう。


濡れていく睫毛を拭うこともせず、何事もなかったかのように、渇いてしまえばいいと思う。


あの薔薇と、ふたつの名のように。
通り雨のように。
何事もなかったかのように。


君は、薔薇くらい、知っていただろうけれど。でもきっと薔薇だとは、わからなかっただろう。ましてや、私がつけたかった色など、わかるはずもない。







通り雨。


過ぎ去ったあと此処に残るのは、祈り。いつも同じ祈りが、残される。それはただ、ひとつだけ。きっと今も、雨に怯える君に。君を愛する誰かが、寄り添っていますように。


私よりも上手に、君の世界の色を変えることができる。


薔薇のような、誰かが。








another side…




灰の薔薇
その残像に
愛の歌
涙誘(いざな)う
通り雨




flag *** hana




今日もありがとうございます♡





(ちなみに、エディットピアフも好き。)




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