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ギリシャのティルダ・スウィントン、南欧のマフィアな世界

初めてギリシャ人女性と話をした時のこと。ギリシャに行ったことのない自分は、ギリシャ人といえば、ギリシャ料理のレストランでしかお目にかかったことはありません。あくまで私の行ったレストランで働いていた人たちがギリシャ人だったらの話ですが。私が話したギリシャ人女性とは、知人の家で会いました。

複数の人々と話すことが私は得意ではないので、通常は社交の場を避けるよう生きています。ただ例外として、そこに犬と美味しいお酒がある場合には、つい「ほら、いつも逃げるのは良くないよ、たまには知らない人と喋って慣れた方がいいよ」と自分を言いくるめて、ノコノコと出かけてしまいます。そして招いてくれた知人宅に入るやいなや、興奮してドアまでやってきた犬をつかまえ、撫で続け、そこにいる人々に挨拶さえしないので、「まず、みなさんに挨拶を」と相方に注意されます。

お邪魔したお宅の知人は、私の相方の友人で、さらにその友人たちが家族連れでいて、7人か8人か、私にとってはかなり大人数でした。席に座っても、どこに顔を向けて、うなずいて、聞いているふりをしていればいいのか、わからないので、つい下を向いて犬を撫で続けてしまいます。

さて、そんな時にテーブルを挟んで、私の向かい側に座っていたのは、血管が青く透けそうな肌に、白っぽいブロンドヘアで、ガラス玉みたいな目をした女性でした。コーヒーやタバコを嗜好していて、男性たちと対等に話し(私にはそう見えたのですが)、2人の息子を連れた女性でした。この色素の薄い外見は、オランダ人とかでもいそうだけど、もうちょっとソ連風味というか、フィンランドとかかな?なんて想像しながら、私は聞いてるふりのスマイルを顔に貼り付けて、眺めていました。

その場にいた人たちの中には海外出身者もいましたが、全員がスペイン語で会話をしている場。私のスペイン語は幼児レベルなので、全ての会話を理解することは難しく、ひたすら黙って、テーブルの下に来た犬を無理やりつかまえ、膝にのせて、撫で続けていました。

離れて座っていた相方が助け舟を出そうとしてくれたようで、私の向いに座っていた色白ブロンド女性に会話を振って、「ギリシャ出身なの?ハナが行きたいドッグシェルターがギリシャにあるんだよね」と私に話の矛先を向けてきました。

ということで、私は初めてギリシャ人女性と話すこととなったのです。ギリシャ人の彼女は、ネイティブレベルのスペイン語でみんなと話していましたが、英語も堪能だったので、私には英語に切り替えて話をしてくれました。

「そのシェルターはどの島にあるの?」とそのギリシャ人女性は私に質問しました。誰かに似ているな、と色素の薄いその彼女のことを考えていると、有名な映画で、よく重要な脇役をつとめる、眉毛もブロンドで色素は薄いけど、長身で存在感のある女優を思い出しました。ティルダ・スウィントン(Tilda Swinton)という女優さんです。便宜上、このギリシャ人女性をティルダ・スウィントンと呼ぶことにします。

ティルダ・スウィントンは、私が興味のあるギリシャのドッグシェルター(捨てられた動物の保護施設)はどの島にあるのか?と訊いていたのですが、どの島か、私は島の名前を覚えていなかったので、「島たくさんあるの?」と訊き返すと、「千ぐらいあるわよ」と彼女。「千!?」と私は反射的に聞き間違いかと思って、もう一度聞くと「千くらいあるのよ、人が住んでるのは300とかそこらだけどね」と。

ギリシャって小さな国のイメージだったので、国民が住んでる島が数百に散らばってるって、橋とかで繋がってなくって、それぞれ船で移動するしかないって、なんかいろいろ大変そうだな、と漠然と思ったのです。

数百の島に国民が住んでる、ということを私がすんなり想像しづらかったのは、数年前に私が住んでいたマルタという小さな島国を思い出していたからでした。マルタは、人が住んでいるのは3つの島しかないので、ギリシャの300をきいて、私は度肝を抜かれてしまったのです。いまいちサイズ感が私の頭の中で描けなかったので、ギリシャの人口を調べてみると1000万人いるようで、なかなか大きい国。マルタの人口はたった40万人ですから、比較にならない国の規模の差がありました。

話を元に戻して、私が行きたいドッグシェルターはギリシャのどの島にあるのかとティルダ・スウィントンが訊いているので、スマホで確認してみると、Crete、クレタ島という島でした。ティルダ・スウィントンは「クレタね、私の父がそこの出身でね、一番南の島よ。いいところよ」と教えてくれました。

最南の島となるとアフリカ大陸が近い。「じゃぁ、難民のボートがたどり着く島?」と聞いてみました。「前にマルタに住んでた時、ボートで難民が来てたから」と私が付け加えると、ティルダ・スウィントンは「難民はね、大陸のもっといい国に行きたいから、この島はめがけて来ないのよ、もっと上の方に行くよね。この島はね、ガンとドラッグの密輸のボートがよく来るのよ」と、言い、一瞬ポカンとしている私の顔を見て、手をピストルの形にして、「銃ね」ともう一度言った。私には、その銃と違法薬物が、具体的にどこからやって来るのかは分からないのだけど、ボートでこのクレタ島に運ばれてきて、この島が欧州の玄関口で、密輸地点となっていることは理解できた。

ティルダ・スウィントンは、「だからね、この島の警察は6か月ごとに入れ替わるの。買収されるのを防ぐためにね。最長でも6ヶ月しかこの島にいられないの。わかるでしょ」なるほど、わかる、と私は答えました。南欧の、経済が良くない国の警察は、汚職が当たり前というか、政治家やマフィアとかと繋がっていて、しっかり腐敗しているイメージは私も持っています。「マフィアはあるあるだよね」というような話をした。

このギリシャ人ティルダ・スウィントンのパートナーは、彼女の隣に座っていました。彼はスペイン人男性で、がっしりした体格に岩を思わせる太く強い特徴的な声で、たくましい印象である。ティルダ・スウィントンは「私たちが一緒になる時にギリシャに行ってね、この島にいる私の従兄弟たちも彼に会ったのね。そしたら従兄弟たちが、私に何かあったら“お前を殺しに行くからな”って彼に言ったの。でもこれってあながち脅しなわけじゃなくて、本当にあり得るのよね。彼はビビってたわよ」と笑って言った。私も冗談じゃなくてマジなんだろうなと想像しながら、このがっしりして太い声の彼が、冷や汗をかいて縮こまった姿を想像した。

密輸、汚職、マフィア、親族の絆。南イタリア出身の人からも、似たような話を聞いたことがあるな、と思い出していました。ギリシャもイタリアも私は行ったことはないのですが。

「いいところよ、美しいのよ、スペインの島と似てるっていう人もいるけど、私に言わせたら、ギリシャの島の方がもっと美しいのよ。絶対あなた行くべきよ」とティルダ・スウィントンに力強く言われて、密輸、汚職、マフィア、親族の絆、美しい島。近いうちに、行ってみなければいけないような気になりました。


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