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フィールド・オブ・ドリームス

私の好きな映画の一つに、『フィールド・オブ・ドリームス』というものがある。
1989年にアメリカで制作された野球を題材にした映画で、主演のケビン・コスナーが不思議な声に導かれて物語は進んでいく。この映画のラストシーンで主人公とその父親がキャッチボールを通して心を通わせるシーンがあるのだが、そのシーンを観ると、私はいつも感動で涙ぐんでしまう。

『パパ、また観てるの?』

と妻には呆れられるが、ハートフルになりたい時にはつい観たくなるのだ。

この映画の影響で、長男が大きくなったらキャッチボールをしようとグローブも買ったが、実現していない。

私の父は野球が好きで、私と三つ年上の兄は小さい頃から父によくキャッチボールをしてもらったり、ノックをしてもらったりしていた。
私が5歳になる年、私たち家族は京都から滋賀に引っ越してきたが、私も兄も地元の少年野球チームに当然のように入った。
父はプロ野球では中日のファンで、兄は巨人、私は阪神ファンだったので、好きなチーム同士の対戦がテレビでやっている時は、チャンネルはCMの時以外はほぼ固定で、互いのチームの活躍に熱狂したものだ。
父は私たち2人にはプロ野球選手になってほしかったのかもしれないが、私も兄も中学時代に肩や肘を痛めてその道に進むことはなかった(進んだからといってプロ野球選手になれた可能性は限りなくゼロに近かっただろうが)。

話は戻るが、この『フィールド・オブ・ドリームス』という映画は日本でも大ヒットし、数年後、テレビの地上波でも放送され話題となった。
私が初めて観たのは、地上波初放送の1992年、大学3年生の頃だ。
影響されやすい私は、実家に帰省するたびに父に、

『キャッチボールでもやろうよ。』

と声をかけ、何度かやったこともあったが、若い頃とは違い、仕事で疲れていた父にとっては迷惑な話であったに違いない。

父は私たち子どもが成人して自立した数年後、52歳で会社の早期退職制度を利用して仕事を辞めた。

父は私と一緒でせっかちで細かいところがあるので、

『仕事を辞めてからお父さんがいつも家にいて、もううるさくて敵わんわー!』

と母は私と話すたびに言ってくるし、よく夫婦喧嘩もしている。
それでももう50年以上一緒にいるのだから、お手本になる夫婦だと思うし、それを真似てではないが、私も妻とはよく口喧嘩をする。
遠慮なく何でも言える関係ってすごく大切だと思うから。

父は仕事をしていた頃の習慣が抜けないのか、80歳を目前とした今でも、朝6時半前後には起きている。
会社勤めの時は、家を6時台に出て、駅までは自転車で行って、そこから電車通勤で1時半ほどかけて大阪の工場まで通っていた。
朝が弱かった私は、父の見送りをしたことは一度もなかったが、勤勉で真面目な父は自慢で尊敬する存在だった。

先日、私は大阪での用事の帰りに実家に寄って一泊した。
翌朝、やはり父は6時半頃に起きていた。

『お父さん、おはよう。今から散歩に行くの?』

トイレで起きた私は父に声をかけた。

『そうや、散歩に行ってくる。』

『僕も一緒に行くからちょっと待って!』

ここ数年、実家に泊まった際には父の散歩に付き合うようになった。
父の右側に並んでいろんな話をしながら歩いていると、あっという間に4、50分は過ぎてしまう。
私が通っていた小学校は建て替えで場所が変わったし、駅から近い林だったところに新しい町もできたが、遠くの山並みや景色はそんなに大きくは変わっていない。
成長期を過ごした場所を父と並んで歩いていると、なぜか心が癒されて、こんな時間がいつまでも続けばいいのに思ったりもする。
父と会話のキャッチボールができるこの時間はきっと、私が演じる『フィールド・オブ・ドリームス』のラストシーンに違いない。

#創作大賞2023 #エッセイ部門