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「かけうどん、並で」

 久しぶりに、母を我が家に招いたときのことだ。
 一泊した母を車で家まで送る途中、早めの昼食をとろうという話になった。

 こういうとき、丸亀製麺は実に便利な飲食店だ。
 車を走らせると、どこの店舗も、ちょうどいい場所に店があり、駐車場もそこそこ広い。そのせいか、お昼時になると、丸亀製麺はいつも人で溢れ返っている。気兼ねなくゆっくり食べたいなら、やはり開店と同時がねらい目だ。

 私たち夫婦は、外食をするとき、ネットで事前にお店のメニューを予習してから出かけることが多い。この日は母も巻き込みながら、
 釜揚げにしようか、かけうどんにしようか。
 温泉玉子や大根おろしはどうするか。
 天ぷらは何にしようか。かしわ、ちくわ天、舞茸もあるぞ。
 家を出る直前まで、ネットでメニューを見て、何を食べようか大いに迷っていた。

 そんなことをしていると、時間はあっという間に過ぎていく。定番から期間限定のものまで、大体のメニューは予習できたので、あとはお店に着いてから、何を食べるか改めて決めようということになった。

 予定通り、開店前にお店に到着。
 私と母は、かけうどんで決まっていたが、夫はまだ、かけうどんか、釜揚げかを決めかねているようだ。外食で一番楽しい時間は、メニューを見て優柔不断になれるときだ。夫よ、大いに迷うがいい。
「そうだなぁー。うーん……よし! 今日は釜揚げにしよう!」
 夫の決断を待ち構えていたかのように、お店も開店時間になった。待ってましたとばかりに、喜び勇んで入店する。

 丸亀製麺の注文システムは、いわば社員食堂や学食のスタイルだ。おぼんをもって、平皿を取り、店員さんにかけうどんや釜揚げなどのメニューを注文する。それを受け取ってから、並んでいる天ぷらや稲荷ずしなどをトングで選び、おぼんに載っているものを会計して席に着く。

 私は、こういう注文に不慣れな人間だ。
 よくよく考えてみれば、パン屋さんでパンを買うのと大して変わらないのだが、自分の目の前に生のうどんが待ち構えていると思うと、間違いが許されないような気がして、妙にドキドキしてしまう。

 店員さんに
「何になさいますか?」
 と訊かれ、私はやや緊張の面持ちで、
「かけうどんので」
 と答える。母も私にならい、
「私も、かけうどんので」
 と注文した。70代も後半に差し掛かったが、まだまだ健啖家である。
 そんな頼もしい母の横で、夫は言った。

「かけうどんので」

 私と母は、サッ!と音が出そうな速さで夫を見た。
   あぁ、釜揚げはやめたんだな。
 などと思ったわけではない。

 え? なの?
 私たち母娘がを頼んだのに、あなたはなの?

 そんな、戸惑いをたっぷり含んだ視線を、母娘で投げかけたのである。夫はそれに気づかず、涼しい顔で、かけうどん(並)を受け取っていた。
 しかしである。

 大。大。並。

 この三段活用は、私と母の大食いが、より強調されているような気がしてならない。注文を受けた店員さんは、それとなく我々に視線を送りつつ、
(やっぱり、食べる量は体型と比例するのね)
 なんて思っていたに違いない。

 私と母は、しおらしく頬を染めて俯いたものの、やはり食欲には勝てず、数秒後には、天ぷらをしっかり三つずつ平皿にのせていた。

 会計を済ませ、丼に盛られたうどんに、サーバーに入ったかけ汁を注ぎ、薬味や天かすをのせて準備万端。私たちは席に着いた。

「いっただきまーす」

 先程までの羞恥心はどこへやら。
 私は舞茸天をドボンとかけうどんにつけて、汁の染みた天ぷらをガブリ。勢いよくうどんを啜り込んだ。

 店内を見回してみると、かけ汁以外に天つゆのサーバーもある。ご飯の注文もできるらしいので、好きな天ぷらを選んで、自分で天丼にして食べることも可能だ。ご飯の上に天ぷらをのせ、そこに、天つゆではなく、かけうどん用のかけ汁を注げば、天茶(天ぷら茶漬け)を食べることだってできる。トッピングなどを屈指すれば、無限大にカスタマイズできそうだ。

 そんなことを考えて、かけうどん(大)を食べていたのだが、思いのほか量が減らない。よく見ると、うどんが汁を吸って膨張している。
 母を見ると、ふぅふぅ、と少し苦しそうにうどんを食べていた。私もお腹が少しばかり苦しい。
「あぁ、これなら並でもよかったわ~」
 そうこぼす母に、夫が言った。

「僕は大盛りか並盛りかで迷ったら、少ない方を選ぶようにしてるんです!」

 驚くほどのドヤ顔である。
 なぜ、そこまで自慢げに話し出したのかはわからないが、母の心には響いたようで、
「そうよね! その方がいいわね! 私もこれからはそうしよう」
 感心しながら、しきりに頷いていた。

 しかし、きっと私も母も、大盛りか並かで迷ったとき、少ない方を選ぶことなんてできない性質たちなのだ。

 私も、次、丸亀製麺を訪れたときは、うどんを並にして、天ぷらも一つだけにしようと、現段階では思っている。でも、いざとなると、

「かけうどん、並で」

 なんて言える気がしない。
「かけうどん、並で」
 と口にした途端、足りないかもしれないと思い、ソワソワし出すのが目に見えているからだ。

 次回、丸亀製麺に来店するときは、前日から
「かけうどん、並で」
 を滑らかに言えるよう、リハーサルをしてから注文に挑んだほうがよさそうだ。






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