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#7まつりのうらで「種の感情」


 なんだこの このやろうが
今にも泣き出したい、泣く寸前の喉の詰まりが嫌だ

全てが気に入らなかった、夏、まとわりつく湿気、なくなりそうな薬、バイト、バイト、バイト、音信不通の親友、壊れたモバイルバッテリー、死にそうな家族、キリがない 叫びたい 悲しい


 感情の輪郭が見えなくて、殴りたくても実体がないから空振り。答えがないそのイライラを片づけるために、わたしは実家から送られてきた大量すぎるさくらんぼを潰すことにした。(潰すと言っても、ジャムにするだけ)
 普通の果物だと適当に切ってレモン汁と一緒に煮ればいいだけだが、さくらんぼはそう一筋縄にはいかない。恐ろしい種取りが待っているのだ。これがなかなかうまくいかず、親指を使って割ってみると想像の範疇を超える量の果汁が指にまとわりついた。
 じゅくりと音を立てながら種を取り出し、身をボウルに放り込んでいく。思ったより面倒くさい、果たして終わりが来るのだろうか。

じゅくり

ポイ

じゅくり

ポイ


無心で続ける。
銀のボウルにへたり込む抜け殻のさくらんぼは、なんだか自分のように思えた。同時に自分の実の中のいらない種が、どんどんと抜けていくような感じがした。
 一粒一粒と向き合いながら、地道にタネを取り出す。自分自身と向き合いながら、コツコツ悲しみを取り除く。それが終わればあとは美味しくなるだけ、簡単なこと。安易なこと。

自分に手をかける感覚を忘れてはいけないな。
幸せは、案外たやすいのだ。

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