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午前2時コンビニ前、家出少年と語った社会の風潮とハンドボール

終電も過ぎたある日の夜、小腹を満たすために近所のコンビニに向かうと、7歳くらいの男の子が店の前に座っていた。
親が一緒にいる様子はなく、うずくまりシクシクと泣いていた。

時間も時間で、状況も状況。
私は「どうしたの?」と、男の子に声をかけてみた。

「家出をしたんだ」

続けて「何があったの?」と聞いてみると、「親がストロングゼロを飲みながら、夜な夜なヤフコメやXで世間を切っているんだ」、と。

「ボクのお父さんとお母さんは、気に入らないことがあれば反射的に、SNSを通じて言葉を世に放つんだ。彼らは自分の正しさを他者に認めてもらいたい、そして自分の行いが社会を正しているんだと信じているんだ。でもボクはそんな行いが世直しに繋がっているとは思わないし、自己満足以外の何物でもないと思う。そんな家にはもう住んでいたくないんだ。」



男の子の言葉は私の胸にやけに響いてくるが、両親のことは理解できる。
理路整然と語る彼に対して「大人は大変なんだ」と、柄にもなく熱く説いてしまった。

「いいかい、得てして君のお父さんやお母さんの世代、そして多くの大人たちは難しい社会を生きているんだ。日本経済は冷え込み、仕事では中途半端な責任を負わされ、上司からは様々なハラスメントに見舞われながら、かといって部下や後輩に何かしでかしたら一発アウト。いつ社会的にに消されでもおかしくない、とんでもない社会なんだ。」

「さらにはコミュニティとしての家族や地域のつながりは希薄になり、政治的にも経済的にも文化的にも希望が見えにくい時代で、SNSは日々ストレスを溜める大人たちにとって、気兼ねなく本音を吐き出せる場所なのかもしれない。誰かを酷く貶めたり傷つけたりすることはナンセンスだと思うけど、他者を攻撃して自己を保とうとする行動は、ある意味人間として、生物として当然のことでもあるんじゃないかな。」



ここまで話し終えたところで、私はなんだか大人げない気持ちになってしまったのだが、男の子は「でもね」と口を開いた。

「お父さんやお母さんの一番厄介なところは、社会の浄化や改善に自分が一役買っていると、盛大に勘違いをしていることなんだ。彼らのような何の責任も持たず、暖房の効いた暖かい部屋から小石を投げるだけの愚かなマジョリティが増えれば増えるほど、優秀で能力のあるマイノリティが埋もれていってしまう。民主主義が根付いたこの国では、それはすなわち衰退を意味すると思うんだ。」

「彼らは"自分はやっている"というポーズこそ取るけど、引いた視点で物事を見れば何の役にも立っていないことがほとんどだよ。共通の敵を探して、同じ雰囲気を持った仲間と群れをつくって、居酒屋ですればいい話をあたかも社会の公器かのように発する。ボクはそんな大人たちにうんざりしているんだ。」



すべてを知っているかのように淡々と話す男の子に、私はムッとしてしまった。大人げないとはわかりつつも、「それは違うよ」と反論した。

「たしかに目に余る言動の人は一定数いるけど、すべての人がそういうわけじゃないし、中には本当に"少しでも貢献したい"と思っている人もいる。例えば私が好きなハンドボールというスポーツは、小さな業界をなんとか盛り上げようと、ポーズなんかじゃなく愛を持って行動している人がたくさんいるんだ。」

しかし男の子は間髪入れずに、「それで何が変わったの?」と返してきた。

「"愛がある"とおだてていたからこそ、胡坐をかき続ける人がいるんだ。そういう人が多数を占めているからこそ、若者や能力のある人材、あるいは異国の人間やある種の馬鹿者がますます肩身を狭くしているんじゃないか。"それは愛ではなく害ですよ"と、言うべき人にはきちんと言うべきだよ。」

「これまで多くの人の愛で支えられてきたことは理解できるし、良くなってきた部分もたくさんあるよ。同時に、その積み重ねが今じゃないか。それに、何もかも希望が見えない今の社会だからこそ劇的に変わる覚悟がなければ、この先の未来を生き抜いていくのは難しいと思うよ。」

男の子は熱を込めながら冷静に続ける。

「もし"少しでも貢献したい"と本当に思うのであれば、SNSなんか辞めて、自ら立候補して小さくてもいいから責任を負うべきだよ。どうしても気に入らないことがあればデモを起こしたり、何かをボイコットしてみたりしてもいい。とにかく、安全地帯からは何も変えられないんだ。」

「歴史上の大きな革命・変革というのは、反対勢力を文字通り"討ち取る"ことで成し遂げてきた。自分が肉体的にも社会的にも抹殺されるリスクを背負いながら。だからこそ危険と隣り合わせで戦っている人にはリスペクトを送るし、小石だけ投げて満足しているような人たちは、やっぱりボクにはポーズにしか見えないんだ。」

「選択肢は二つ。関わるすべての人が結託して同じ方向に歩いていくか、分断を煽って体制がひっくり返るような革命を誘発させるか。中途半端に傷をなめ合ってるだけでは、全員が等しく貧しくなるだけで破滅していくだけな気がするよ。」

..

….

……..

このままでは埒が明かないと、ひとまず私はコンビニでホットドッグを買った。腹ごしらえをしてから彼とさらに語らおうと思ったが、お会計を済ませると男の子は店の前からいなくなっていた。

また会いたいような会いたくないような半々の気持ちが入り混じる中で、ホットドッグとともに買ったストゼロを流し込み、Xの投稿文を考えた。


※この話はフィクションでしかありません
※飲酒は20歳になってから
※お酒は楽しく適量に


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